介護士を目指すフィリピンの少年
学費は無料、払うのは制服代だけ。
でも、学校に行くと、家には介助が必要な老婆。
生活費を稼ぐために、深夜労働。

介護士として海外に出稼ぎに行き、一家を支える女性。
辛い仕事の癒しは、母の写真と聖書。
母危篤の連絡が入るも、代わりの人が見つからず、
なかなか帰国できない。
仕事をやめて急いで返ったときには、すでに埋葬が終わっていた。

FTAによってフィリピンから介護士が日本に来る。
...

アジアを生きる子どもたち
金土日と上海の復旦大学に行ってきた。
思ってた「中国」とは全然違った。
思い通りの部分もあった。

カオスな道路、会話に熱中する店員、蛍光色の服、色とりどりに輝くビル街、汚れて霞んだ空気。。。
超高層ビル街から一歩路地に入ると、ボロボロの建物、茸で組まれた足場、はためく洗濯物。
いろんな物が混在する、いかにも「都市」という感じ。

ダーウィンの悪夢って映画見つけました。
「一匹の魚からはじまる、悪魔のグローバリゼーション」
今のシーズンには、若干重たいかなー。。。笑
研究会の最終発表の準備をしてたら、面白い人を見つけました。
Miguel Altieriとかいう昆虫学者。

「昆虫学の視点から、農薬について考える。」
虫の視点から自然環境を見るのって、以外と面白いと思います。
いつも議論は人の視点からだし。

徹夜続きの頭の中で、広がる虫の世界。
虫になるならカマキリがいいなーとか、
どうでもいいことを昨夜1時間くらい考えてました。
はい、馬鹿。

でも、ちょっとUCバークレーの学費を調べてみたり、留学を考えてみたり。
ベトナムの資料を求めてgoogleでひたすら検索をかけながら、
何時間も何時間もパソコンと格闘していたら、
一ノ瀬泰造に行きついた。

「地雷を踏んだら“サヨウナラ”だ」
と友人に言い残し、単身アンコールワットに潜入。
(そのころのアンコールワットはクメール・ルージュの支配下)
9年後に遺体で発見される。
「写真を撮る」そこに働く力は死ぬ恐怖をも凌駕する

写真の力はすごいとつくづく思う。
撮る魅力、それが伝える情報、感情、歓び、苦痛
FUJIFILMのCMで、オノ・ヨーコが"Photo Is Peace"と言ってるけど、
あのCMのメッセージ性ってすごいと思う。
写真が、動的な音楽とつながる。
音楽と結びついた写真は、よりいっそう力強い気がする。

先週なけなしのお金でデジカメを買ってみた。
何かを伝える、力強い写真がいつか撮れたらいいなと思います。
原爆ドームが世界遺産に登録されて今日で10年らしい。。。
このだいだ、「時間の比較社会学」を読んでから、
「~から何年」っていう節目を作る目的ってなんだろうな、って思う様になりました。

○年前の「同じ日」であることを意識することによって、過去を時間単位で照らし合わし、自らの過去を今日に呼び戻す作業なんでしょうか。。。。。
でも確かに、「何月何日何時何分、何秒」であることを定義し、時計とにらめっこしてその時を意識することは、過去にさかのぼるきっかけにはなるきがします。

暦が出来る前は、人々は祭の日をどうやってきめていたのだろうか?季節?
時間の比較社会学によると、古代の時間は循環する時間ではなかったらしい。
予測できない未来にたいして直線状に流れる時間。。。

それにしても、日本人は「○○の日」が好きな気がする。
そんならそれでもっと休日が増えたらいいんだけど。。。。
ブログ放置してました。
あんまりネタがなかったからです。。。

今学期は農業研究をすることにしました。
夏はさんざん研究テーマに悩み、アジア学院に行き、
ビール片手にドイツ人とカンボジア人と語り、決めました。。。。

でも、農業ってまじ広いです。
農村と都市
農民
有機農業
教育

農業に限られた事ではないですが、農業の何をどうつなげようかって考えるだけで、一年費やせそうです。。。

でも、何でかは分かんないですが、そんな事考えてる時が一番楽しいです。。。
頭の中では大根が踊ってます。。。
将来は農家の婿に。。。。
ってのは冗談ですが。。。。

でもでも、土掘ってると落ち着きます、ぶっちゃけ今でも砂場で一時間は暇つぶしできる気がします。。。


ああ変なブログを書いてしまいました、、、、これもたぶん寝不足のせいだ、そうだ、そうに違いない。。。。

最近見つけました↓いつか見に行きたいです。。。
るしな
広島に原爆が投下されて61年。
今日一日いろんな事を考えた。
広島を出ると、たとえ8月6日であっても
原爆の話しを耳にする事は無い
本当に、何も無い。
憤りなんか感じない。
ただ寂しいだけ。

原爆が投下されてからは確かに61年という月日がたった。
でも、放射能という恐怖に人々がおびえ始めたのは、もっと前じゃないだろうか。
放射能に人々の健康が蝕まれはじめたのは、投下よりずっと前じゃないだろうか。
開発段階で、知らず知らずのうちに被爆した人は、もっと多いはずじゃないだろうか。

「危険だという科学的根拠は無い」
という理由で、アメリカは劣化ウラン弾を作り続けている。
じゃあ、危険じゃないという科学的根拠はあるんだろうか?
根拠が無い事を根拠とする
根拠がある事を根拠にする
前者は、一見理論的に見える
でも、冷静に考えると、理論的におかしい事に気付く。

まるで、遺伝子組み換え食品の安全性の話しみたいだなあ。
先輩のブログで紹介されていた、「アレクセイと泉」という映画を、メディアで借りて見ました。

牧歌的な生活の映像の裏に潜む恐怖。

恐ろしいくらい美しかったです。景色も、人間も、動物も、そこに存在する生活も。
エネルギーに満ちあふれていました。
放射能の恐怖に打ち勝つための、絞りに絞り出された、エネルギーに。
チェルノブイリの原発事故から今年で20年、そういえば生まれた年と一緒、同い年。今年二十歳。
ドイツ語の課題で原爆ドームについてのドイツ語の説明文を書くために、資料をあさっていたら、中国新聞のチェルノブイリに関する特集をみつけました。
かつての被爆地で平然と人が暮らしてる一方で、20年前の原発事故の放射能によって未だ人が住めない地域があり、放射能の影響に苦しむ人たちがいて、4号機を覆う石棺の中には未だ処理できない死の灰が山積みにされてる。
一方で、日本は懲りずに六ヶ所を荒らし、島根にプルサーマルを計画し、伊方から瀬戸内の海を死の海に....
あげくのはてに、偽装CMの垂れ流し....
電力会社の甘い汁をすってるやつらは、事故った時自らのケツで原発の穴を塞ぐつもりなんだろうか?
そんなことはない、やらされるのはいつも下っ端の低賃金労働者たち。
神田神保町のアジア文庫に行ってきました。去年の春にマレーインドネシア語の授業で紹介された本屋だったんですが、研究の資料探しにまさか一年後になって行く事になるとは思ってもいませんでした。
謎の絵や、現地の日本語紙や、どっかのNGOの活動紙、現地のカセットテープから、辞書、観光案内、論文まで、ありとあらゆるアジアに関する物がたくさんありました。ただ、国に若干片寄りがあったかも。。。

他にも、古書屋や出版社、楽器店(お茶の水)など、面白そうなお店がたくさんありました。
BOOK TOWN じんぼう←地図etc...