フェニモア先生シリーズ。古い埋葬地から掘り起こされた死体。(「・ω・)「にゃおー [??]

アンドルー・フェニモア:心臓医兼私立探偵
ホレイショ:フェニモアの助手
ドイル夫人:同診療所の看護婦兼秘書
ジェニファー・ニコルソン:書店助手, フェニモアの恋人
ダン・ラファティ:殺人課刑事, フェニモアの旧友
ネッド・ハードウィック:外科医
ポリー:名家の令嬢, ネッドの妻
テッド:ネッドとポリーの一人息子, 大学の専任講師
スウィート・グラス:米先住民の末裔, テッドの婚約者
ロアリング・ウイングス:スウィート・グラスの兄
ドリス:スウィート・グラスのルームメイト
マイラ・ヘンダースン:判事の未亡人
アップルソーン:研究医

※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



フェニモアが死んだ猫を埋葬しようと穴を掘ってみると、そこに女性の死体を発見してしまう。そこは古きインディアンの埋葬地。古来からのインディアンの埋葬法によるものなのか…。



フーダニットとしては論外。犯人を推理して特定する材料はまったく提示されず、誰が犯人であろうが話は成立するだろう。犯人の家族について容疑をほのめかせつつもそれ以上は掘り下げず、彼らを容疑者として描きたいのか、エキストラとしたいのか、どうにも描写があまりにも中途半端な印象を受ける。

焦点となる謎はどうやら「どのように殺したのか?」に絞り込むべきのようだが、スポットライトの当て方がいまいち。あっちもこっちも考えて、読了後には、無駄に頭を使ったような気になる。

フェニモアはいくつか小冒険を行なうが、その中の二つの探索は、推理に重点を置く読者には無駄な描写とも思える。

一つ目の探索は犯人宅の家探し。この時点ではフェニモアは犯人の特定どころか、この家族の中に犯人が居ることすら確信してはいない。特定のものを探してるわけでもなく、とりあえず何か手がかりを掴もうと、なんとなく調べてるだけ。この時点で忍び込もうとするなんて無理があるんじゃないだろうか。この探索では、十本以上のピンが突き刺さった怪しげな人形も見つかるなど、犯人の家族の部屋それぞれについて描かれるが、事件が解決すると、結局この探索には何一つ意味がなかったことを読者は知らされる。

二つ目の探索は重要な証拠品を入手するために研究室に忍びこむというもので、それ自体は事件解決に必要な行動。ただし、なぜこのようなコソ泥行為をしなければならないのかというと、要は「その証拠品を握っている人物がフェニモアに渡したくないから」というだけのこと。この人物は決して事件に関わっている者ではないし、素直に証拠品をフェニモアに渡していればこんな冒険は必要ない。見せ場を作るためにこのような偏執的な変わり者を登場させるにしても、こうも露骨ではちょっと鼻に付く。

フェニモアは襲われすぎ。

最初の襲撃は猫を埋めるために穴を掘り、死体を見つけたとき。シャベルが何やら弾力があるものに触れたので手で感触を確かめると、「これは人間の鎖骨ではないか」とあっさり判断するのはともかく、彼は知り合いの警官に連絡して現場に戻ったところを、不意にシャベルでこめかみに一撃を喰らう。いくら自身が医師とは言え、頑丈なシャベルで気絶するほど強く殴られて、検査もせずに大丈夫と判断していいものか。そしてそのシャベルはそこに落ちているのか、それとも持ち去られたのか不明。それも証拠品になるかも知れないのに。

次の襲撃はフェニモアの自宅。玄関の扉を開けた途端に二人の見知らぬ人物に襲われる。この襲撃の意図がよくわからない。彼らは事件から手を引くようにと伝言していく。つまりフェニモアを脅すために暴行を加えたということのようだが、その際、強盗に見せかけるために部屋を荒らすという行動も取っており、それに何の意味があるのか。

最後は毒を盛られる。犯人と二人きりになるのに油断しすぎじゃないのか。直前まで傍に居たはずのフェニモアの助手の少年は、なぜか雇い主から目を離す。

なぜこのような凶器を選んだのか?

毒を持った植物の枝がバーベキューの串として用いられ、それが凶器なのだが、この作品を読む限りでは、毒を塗ったナイフやフォーク、あるいは食品を手渡せばいいだけと思える。実際、最後の襲撃時には毒をサンドウィッチに仕込んでるわけで、毒枝をそのまま凶器として使用する必然性がない。始末できなかったこの毒枝は発見され、決定的な証拠になってしまうのだが、これが小さなナイフやフォークだったら洗い流してしまうか、あるいはこっそり持ち出すことだって容易だろう。この時点では犯罪が行われたことすら認識されていないのだから。そしてもし毒を食品に仕込んでいたならば、被害者の胃の中に消えてしまう。胃の内容物から発覚する危険性なら毒枝にしても同様だろう。枝から食品に付着した毒が胃に入って相手を殺すのだから。

犯行の杜撰さも目立つ。凶器を所持している場面をあまりにも多くの者に目撃されている。第一の犯行は幸運にも目撃者に記憶されてもいないが、フェニモアに毒を盛った最後の犯行は、それが自然死ではなく殺人と疑われただけで即アウトの可能性が高い。

毒が検出される被害者の血のサンプルが重要な証拠品となるわけだが、被害者本人の体に残る血からは毒物は検出されないのだろうか?
※すべて反転表示。 ネタバレ注意。

オーガスト・ダーレスが生み出した名探偵ソーラー・ポンズが活躍する短編。 数あるシャーロック・ホームズのパロディ的な探偵譚のひとつ。 ホームズ譚「ソア橋の怪事件」の中で触れられた、「語られざる物語」にインスパイアされた作品のようだ。

フォン・ルーダ教授がファヴァシャム教授宅を訪れ、一緒に外出することになる。 そしてルーダは玄関でファヴァシャムを待つがなかなか出てこない。 そこで中に入ってみると既にファヴァシャムの姿はどこにもなかった…という怪事件。


真相は、大学のカネを持ち逃げしようと企てたファヴァシャムが、フォン・ルーダ教授という別人に成りすまし、二人の人物を使い分ける生活を数日間送っていたというもの。 元々家の中にはルーダ(ファヴァシャムによる成りすまし)一人しかおらず、玄関でちょっと小芝居した後にやって来た警官に状況を説明し、ファヴァシャムが消えたと錯覚させた。

だがそもそも、こんな作り話を誰が信じるというの。 ファヴァシャムが家の中に居たと証明するのはルーダの証言のみであり、どう考えてもルーダが嘘をついてると疑われるだけだろう。 それで辻褄合うんだし。 まずはおそらくルーダがファヴァシャム失踪に関わってることはもちろん、殺したとさえ疑われる可能性が高い。

「ファヴァシャムがカネを持ち逃げしたとなると一生追い回されるが、死んだということになれば、ルーダとなった自分はもう自由だー!」という目的のトリックらしいが、死体も発見されず、この状況でそんな結果になるはずがないし、仮に死んだと思われたら第一容疑者はルーダだろう。 こんな手口では、一旦目を付けられたらいつまでも誤魔化し切れるものじゃない。 そもそも別人に成りすましたまま安穏と残りの人生を過ごせるくらいなら、こんな手が込んだことをするよりは、特に何もせずに消えて成りすましたほうが遥かに簡単じゃない?