マドック・リース警部シリーズの第1作。ユーモア・ミステリ。金持ちの老婆の食中毒死から始まる連続殺人。(「・ω・)「にゃおー [?]

アガサ(アギー)・トレドウェイ:“館”の主
マリオン・エマリー:アガサの姪
エリザベス・ドルフィット:同
ヘンリー(ハンク)・ドルフィット:エリザベスの夫,医師
ジリアン(ジリー)・バスカム:ドルフィット夫妻の娘
ホビー・バスカム:ジリアンの息子
バート・ウォドマン:農場経営者
ジェネット・ウォドマン:バートの妹
ドット・フューター:“館”と“ドルフィット邸”の家事手伝い
サム・ネディック:同雑用係
ジェイスン(ジェイス)・ベイン:告訴が趣味のじいさん
エルマー・ベイン:ジェイスンの息子
ベン・ポッツ:町の葬儀屋
フレッド・オウルスン:自動車修理工兼鍛冶屋兼警察署長
マドック・リース:カナダ騎馬警官隊の警部



アギーおばさんが食中毒で死んだ。彼女自身の手によるインゲンの瓶詰めが傷んでいたせいだ。自分の食物については人一倍慎重だった彼女が、まさかそんな死に方をするなんて、ジェネットには信じられなかった。

後日、ジェネットはアギーの財産の目録作りを手伝っていた際に、インゲンの瓶詰めを見つける。14瓶あった。そこにはもちろん、アギーの命を奪った物はない。そちらはドクター・ドルフィットが調べるために持ち帰った。瓶を見たジェネットは、あることに気づいた。13個の瓶には、アギーが普段やっていたとおり、手でちぎったインゲンが詰められていた。しかし、残りの一つの中身は変だった。そのインゲンは、包丁で綺麗に切揃えられたような状態だったのだ。

何者かがこっそりすり替えた傷んだ瓶詰めによって、アギーは殺害されたのではないかと、疑惑を強くしたジェネットは、アギーを殺した瓶詰めはどのような物だったのか確認するため、ドクター・ドルフィットに会うことにする。しかし、ジェネットが彼の家へと到着したときには、既に彼は死んでいた。一見、転倒して机の角に頭をぶつけた事故のようだが、それにしては傷が合わないようでもあった。この町ではすぐに噂が広まる。ジェネットが瓶詰めのことについて尋ねようと、ドクターを訪問することを知った人物が先手を打ったということも、充分に考えられるのであった。

そして、告訴が趣味のようなジェイスンが、アギーの遺産の中から、自分に権利がある特許書を渡すように要求したり、ドルフィット夫妻の娘・ジリアンの家が不審火で全焼するなどの騒ぎも起こる。もはや自分だけでは手に負えないと判断した町の警察署長・フレッドは、騎馬警官による捜査を要請する。

このような小さな町にもし騎馬警官がやって来たとなると、表向きは事故ということになっている、アギーとドクターの死は他殺なのかと大騒動になり、関係者に不名誉を与えることは確実である。それを考慮して、騎馬警官・マドックは、ジェネットの親戚の振りをすることとなった。しかし、その苦労はすぐに無駄骨となる。かつて彼に逮捕されたことのある人物が町におり、彼の素性はゴシップ好きの連絡網に乗って、あっさり広まってしまった。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



シャーロット・マクラウドが別名義で書いた、マドック・リース警部シリーズの第1作。陰惨な事件ながらもそれを感じさせぬ、いかにも「コージー派」という、ユーモアを交え、ロマンスも含んだ、軽い作品になっている。

結局、貰ったばかりの服を着ていたドット・フューターが殺害されたことで、あっさり犯人は炙り出されてしまう。この殺害は犯人にとってさほど大した意味はなく、要するに犯人はイカレているということにすぎない。最後にそんな犯行を行なったことがきっかけで事件解決してしまう展開は少々強引と思うが、こういう傾向の作品においてなら、なんとなくそれでもいいような気もするw

それにしても、貰った服を着ていたから、元の所有者と間違われて殺された、なんて解釈を狙うのは、今どきではちと無茶だろうw
根津愛シリーズ。不可解な自動車転落事故。[???]



天候が悪化する中、桐野刑事が車を運転している。廃屋で火災が発生し、放火の疑いがあるため、現場へと向かっていた。

荒彫岳ブルーラインという有料道路を使い、現場へと向かう。この時間帯は係員はおらず、無料で自由に通行できる。雷雨は激しくなっていく。車は中古ながら、値段の割には状態の良い4WD車なので不安はないが、桐野は雷が苦手で、自分の腕にもあまり自信がない。できれば、行きたくなかった。

その途上、裸足でコートを羽織った女を桐野は発見する。雨の中で踊る女に声を掛けてみると、反応は鈍く、虚ろな表情をしている。彼女は何も言わず、桐野の車のドアに手を掛ける。事情がわからぬまま、とりあえず彼女を車に乗せ、発進した桐野の車は、対向する大型トラックと衝突してしまう。右側面に強い衝撃を受けた桐野は意識を失う。

意識を取り戻したとき、桐野は路肩に仰向けで倒れていた。崖下に車が落ちている。なぜ自分が車とともに落下せずに、車外に出て助かったのか、不思議だった。落下した車の中にはあの女の姿はなく、桐野の記憶の混乱によるものとして、その実在は否定された。

後日、桐野の愛車が落ちた際にできて、まだ修理されていなかったガードケーブルのわずかな切れ目から、車が転落する事故が発生する。運転席には陽芳寺一輝の死体。彼は仙台市側からブルーラインに入っており、それは料金所の係員に確認されている。その際、彼は自殺を仄めかすような発言をしていた。車はガードケーブルの切れ目から、仙台市側の料金所から向かって40メートルほども向こうに落ちていた。車内には彼の死体だけがあり、ギアはトップへと入っていた。本来なら、全速力で崖へと向かった自殺として処理されてもいい状況なのだが、問題が一つあった。彼の首には締められた痕があり、扼殺と断定されたことだった。

ブルーラインにガードケーブルの切れ目は一箇所しかない。車の落下地点からすると、かなりの速度で突っ込まなければならない。「(a)犯人が被害者と同乗し、車を運転し、落下直前に脱出してドアをきちんとロックした」「(b)犯人と被害者は一緒に落下した後に、犯人だけ脱出した」「(c)何らかの細工をして、死体を乗せた車を外部から操縦した」などの推測が可能だが、(a)の場合ならかなりの曲芸が要求され、(b)の場合は現場の状況からして、とても生きて逃げ出せたとは考えづらい。(c)に至っては、何らかの細工とはどんな細工なのだ、ということになる。その解明は困難と予想された。

桐野の知り合いの美人女子高生探偵・根津愛が事件捜査に乗り出す。彼女は既に事件の真相のだいたいの見当はついていると豪語する。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



死体はさらに二つ増える。複数の人間関係や事件が絡む(あるいは本来は無関係なのに、まるで複数の謎が関係しているかのように書かれている)ために、話の筋がやや複雑化している。トラブルの解決手段として咄嗟に相手の殺害を選択してしまう連中ばかりが、偶然にもこれほど集中している点には、少々引っ掛かりを感じる。

「事実は小説よりも奇なり」と言われる。確かにそれはそのとおりで、もし小説の筋書きとして使ったら「不自然」「ご都合主義」と批判されるようなことが、ときに現実に起こる。スポーツを例に出せば、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の2009年大会の展開(韓国に負け続けていた日本が決勝戦でまたもや韓国と当たり、不振を極めていたイチロー選手が最後の最後に会心の決勝打を放って優勝)はまるで少年漫画の世界だし、F1世界選手権では2007年と2008年の2年連続で、それ以上に信じがたい結末(特に2008年ほどの喜劇的な悲劇は珍しい)を迎えた。

本作では、「小説よりも奇なり」な事実に基づいたトリックが用いられており、現実にそれが起こった際の記事を引用している。本作の事件はいくつかの偶然の要素や特殊な事情が重なった、あるいはそれを利用した結果であり、あるいは読者からの批判を予め防ぐために、そのような予防線を作者が張ったのだとしても、その気持は充分に理解できるw

雨の中で踊る、その存在すら疑わしい女という、魔女の夜宴を思わせる設定を用いているが、作品全体には怪奇じみた雰囲気は感じられない。同じ美少女探偵という設定ではあるが、主人公にも作品にも、二階堂黎人の二階堂蘭子シリーズのようなアクの強さはなく、軽さという意味でも明るさという意味でも、ライトな印象を受ける。ただし、桐野の車の事故の謎と、一輝殺害事件の謎という、本来なら絡める必要もないものを同時に扱っているためか、雑然としてる印象を受けるのはむしろ本作のほう。
朝比奈耕作シリーズ。理由もわからずに館に閉じ込められた朝比奈と二人の美女。時折聞こえる不気味な朗読。童謡“金魚”の詩をなぞるように殺された死体。[??]



中学時代の同窓会が迫ったある日、推理作家・朝比奈耕作に、当時の同級生・熊谷須磨子の名で手紙が届く。それは指定された洋館まで、朝比奈独りでの来訪を希望するものだった。その理由は書かれておらず、戸惑う朝比奈だったが、その手紙には北原白秋の詩が引用されていて、そこに興味を抱いてもいた。その詩は「金魚」という題名で、なかなか帰宅せぬ母を寂しく思い、金魚を一匹、二匹と殺していくという内容のものだった。

朝比奈の記憶の中の須磨子は、クラスでもさほど目立つ存在ではなかった。ただ、時折急に何の脈絡もなく、妙な独り言をはっきりと呟くことがあった。たとえば曇り空なのに、「あ~あ、空が赤すぎて、海の青さが恋しくなる」といった具合に。彼女が三年の秋に父の仕事の都合で、海外へと転校したことも覚えていた。

朝比奈は卒業アルバムを眺めているうちに妙なことに気づいた。須磨子は三年の秋に転校したから、朝比奈が通っていた中学校を卒業してない。それなのに、クラスの集合写真には彼女が写っていて、巻末の寄せ書きには彼女のメッセージが書かれていたのである。写真撮影はスケジュールの都合であろう、秋になってすぐに行われたので、彼女が写っていてもおかしくないのだが、記入された彼女の名前に、転校についての何の注釈もないのは少々奇妙だった。そして寄せ書きに至っては正月以降、三学期に作ったものである。秋に転校した彼女のそれがなぜここにあるのか、まったくの謎だった。

朝比奈は同窓会の発起人・久本一郎に、須磨子のことについて何か知ることはないか、尋ねてみた。卒業アルバムの謎については久本も気づいてもいなかったが、それとは別に驚くべきことも知らされた。彼女が既に死んでいるということである。詳しいことは彼も知らないが、彼女と唯一親しかった級友である島宏美が、同窓会で話してくれることになっているのだという。

できれば下調べしてからにしたかったが、忙しさのために結局何もわからぬまま、手紙に記されていた午後7時を少し過ぎた時刻に、朝比奈はその洋館を訪れた。門扉にノッカーを叩きつけたが、一向に反応はない。どうしたものかと思いつつ、好奇心が勝ったのか、門をくぐり敷地に一歩足を踏み入れた瞬間だった。足がぬかるみにはまってしまった。昨日も今日も雨は降っていなかったのに。

ともかく洋館正面の扉へと辿り着いた。ノックしてみたが、よほど分厚く特殊な扉なのか、音を上手く響かせることはできなかった。それではと、取っ手に手を掛け引いてみると、拍子抜けするほどあっさりと扉は開いた。

その洋館は通常なら三階建て家屋ほどの高さだが、中に入ってみると、天井に至るまで完全な吹き抜け構造だった。なんとなく教会のような作りになっており、無数の蝋燭の炎に照らされていた。室内は薄暗く、その奥行きの底を見通すことはできなかった。いかにも手頃な燭台を手に取り、15メートルほど進むと、二人の女のすすり泣きのような声が朝比奈の耳に届いた。

その二人は朝比奈の級友だった。その二人、浜野由紀絵と島宏美曰く、彼女たちもまた朝比奈と同様に、須磨子から手紙を受け取り、この洋館を訪れたところ、ここに閉じ込められてしまったのであり、須磨子が死んだなどという話は初耳だという。宏美は午後3時、由紀絵は午後5時、そして朝比奈は午後7時と、三人はそれぞれ時刻をずらして招待されていた。そんな話を訊き出した朝比奈は、開けたままにしておいた入り口の扉が、いつの間にか閉じていたことに気づいた。

扉は固く閉ざされ、ビクともしない。窓はすべてはめ殺しの上、金属の桟が細かく入っているので、ガラスを割っても出られない。三人は閉じ込められた。

須磨子の死については宏美が知っていると、久本から聞いていた朝比奈が彼女にそれを尋ねてみると、彼女は驚き、まったく否定した。須磨子が死んだなんて知らなかったし、須磨子と親しかったこともないと。

今回の同窓会には、当時の担任の筒井先生も参加することになっている。宏美も由紀絵も、そして朝比奈もこの先生に好意を持っていたが、それはクラス内ではむしろ少数派で、大半の生徒やその親たちは先生をいじめていた。そんな先生がこのクラスの同窓会に出席するというのもちょっとおかしい。須磨子についてデタラメを言っている久本は、その怪しい同窓会の発起人でもあるし、この監禁に関わっているのではないかとまで、宏美は疑い始めるのであった。

炎を灯した蝋燭もどんどん少なくなってゆき、朝を待つことにした三人。しかし洋館内には、おそらく録音されたものであろう、奇妙な声が時折鳴り響き、彼らの恐怖を煽った。「犯人」の目的は不明だったが、須磨子からの手紙にあった詩は、アガサ・クリスティー作「そして誰もいなくなった」を想起させるに充分だった。この三人がひとりずつ殺されていく…?

それにしても、なぜこの自分たちが標的になったのか、何か共通点があるのか、彼らにはさっぱり心当たりがなかった。そして、ついにそれは訪れた。「金魚を一匹突き殺す…」

朗読はそこで終わり、静寂の後にけたたましい笑い声、そして「カーテンの裏を見よ」と繰り返された。その言葉に従い、カーテンを次々とめくってみると、そこには死体があった。おそらくそれは熊谷須磨子だった。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



「なぜ彼らが標的となったのか?」と来れば、普通なら「犯人は彼らに対して何らかの恨みが…」ということになるが、本作ではその裏を掻いている。しかし、中盤でほとんどズバリの解答に近いことを、あまりにもはっきりと書いてしまっており、その効果は薄れている。

この作者は割とフェアに手掛かりを提示するのだが、意図的なのか、それを読者の目からいかに隠そうかという様子はあまりない。それもあって、この作者の作品の多くは、とにかく読者を騙してやろうと日々企んでいそうな、叙述トリック満載の作家の作品よりも読みやすいのも事実w

謎解きよりもサスペンスに重点を置いた作風になっていて、朝比奈が犯人を追い詰めるのではなく、終盤になると勝手に犯人が真相を語り始めるという展開には拍子抜け。でも思い返してみれば、「そして誰も~」だって似たようなものか。