根津愛シリーズ。不可解な自動車転落事故。[???]
天候が悪化する中、桐野刑事が車を運転している。廃屋で火災が発生し、放火の疑いがあるため、現場へと向かっていた。
荒彫岳ブルーラインという有料道路を使い、現場へと向かう。この時間帯は係員はおらず、無料で自由に通行できる。雷雨は激しくなっていく。車は中古ながら、値段の割には状態の良い4WD車なので不安はないが、桐野は雷が苦手で、自分の腕にもあまり自信がない。できれば、行きたくなかった。
その途上、裸足でコートを羽織った女を桐野は発見する。雨の中で踊る女に声を掛けてみると、反応は鈍く、虚ろな表情をしている。彼女は何も言わず、桐野の車のドアに手を掛ける。事情がわからぬまま、とりあえず彼女を車に乗せ、発進した桐野の車は、対向する大型トラックと衝突してしまう。右側面に強い衝撃を受けた桐野は意識を失う。
意識を取り戻したとき、桐野は路肩に仰向けで倒れていた。崖下に車が落ちている。なぜ自分が車とともに落下せずに、車外に出て助かったのか、不思議だった。落下した車の中にはあの女の姿はなく、桐野の記憶の混乱によるものとして、その実在は否定された。
後日、桐野の愛車が落ちた際にできて、まだ修理されていなかったガードケーブルのわずかな切れ目から、車が転落する事故が発生する。運転席には陽芳寺一輝の死体。彼は仙台市側からブルーラインに入っており、それは料金所の係員に確認されている。その際、彼は自殺を仄めかすような発言をしていた。車はガードケーブルの切れ目から、仙台市側の料金所から向かって40メートルほども向こうに落ちていた。車内には彼の死体だけがあり、ギアはトップへと入っていた。本来なら、全速力で崖へと向かった自殺として処理されてもいい状況なのだが、問題が一つあった。彼の首には締められた痕があり、扼殺と断定されたことだった。
ブルーラインにガードケーブルの切れ目は一箇所しかない。車の落下地点からすると、かなりの速度で突っ込まなければならない。「(a)犯人が被害者と同乗し、車を運転し、落下直前に脱出してドアをきちんとロックした」「(b)犯人と被害者は一緒に落下した後に、犯人だけ脱出した」「(c)何らかの細工をして、死体を乗せた車を外部から操縦した」などの推測が可能だが、(a)の場合ならかなりの曲芸が要求され、(b)の場合は現場の状況からして、とても生きて逃げ出せたとは考えづらい。(c)に至っては、何らかの細工とはどんな細工なのだ、ということになる。その解明は困難と予想された。
桐野の知り合いの美人女子高生探偵・根津愛が事件捜査に乗り出す。彼女は既に事件の真相のだいたいの見当はついていると豪語する。
※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。
死体はさらに二つ増える。複数の人間関係や事件が絡む(あるいは本来は無関係なのに、まるで複数の謎が関係しているかのように書かれている)ために、話の筋がやや複雑化している。トラブルの解決手段として咄嗟に相手の殺害を選択してしまう連中ばかりが、偶然にもこれほど集中している点には、少々引っ掛かりを感じる。
「事実は小説よりも奇なり」と言われる。確かにそれはそのとおりで、もし小説の筋書きとして使ったら「不自然」「ご都合主義」と批判されるようなことが、ときに現実に起こる。スポーツを例に出せば、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の2009年大会の展開(韓国に負け続けていた日本が決勝戦でまたもや韓国と当たり、不振を極めていたイチロー選手が最後の最後に会心の決勝打を放って優勝)はまるで少年漫画の世界だし、F1世界選手権では2007年と2008年の2年連続で、それ以上に信じがたい結末(特に2008年ほどの喜劇的な悲劇は珍しい)を迎えた。
本作では、「小説よりも奇なり」な事実に基づいたトリックが用いられており、現実にそれが起こった際の記事を引用している。本作の事件はいくつかの偶然の要素や特殊な事情が重なった、あるいはそれを利用した結果であり、あるいは読者からの批判を予め防ぐために、そのような予防線を作者が張ったのだとしても、その気持は充分に理解できるw
雨の中で踊る、その存在すら疑わしい女という、魔女の夜宴を思わせる設定を用いているが、作品全体には怪奇じみた雰囲気は感じられない。同じ美少女探偵という設定ではあるが、主人公にも作品にも、二階堂黎人の二階堂蘭子シリーズのようなアクの強さはなく、軽さという意味でも明るさという意味でも、ライトな印象を受ける。ただし、桐野の車の事故の謎と、一輝殺害事件の謎という、本来なら絡める必要もないものを同時に扱っているためか、雑然としてる印象を受けるのはむしろ本作のほう。
天候が悪化する中、桐野刑事が車を運転している。廃屋で火災が発生し、放火の疑いがあるため、現場へと向かっていた。
荒彫岳ブルーラインという有料道路を使い、現場へと向かう。この時間帯は係員はおらず、無料で自由に通行できる。雷雨は激しくなっていく。車は中古ながら、値段の割には状態の良い4WD車なので不安はないが、桐野は雷が苦手で、自分の腕にもあまり自信がない。できれば、行きたくなかった。
その途上、裸足でコートを羽織った女を桐野は発見する。雨の中で踊る女に声を掛けてみると、反応は鈍く、虚ろな表情をしている。彼女は何も言わず、桐野の車のドアに手を掛ける。事情がわからぬまま、とりあえず彼女を車に乗せ、発進した桐野の車は、対向する大型トラックと衝突してしまう。右側面に強い衝撃を受けた桐野は意識を失う。
意識を取り戻したとき、桐野は路肩に仰向けで倒れていた。崖下に車が落ちている。なぜ自分が車とともに落下せずに、車外に出て助かったのか、不思議だった。落下した車の中にはあの女の姿はなく、桐野の記憶の混乱によるものとして、その実在は否定された。
後日、桐野の愛車が落ちた際にできて、まだ修理されていなかったガードケーブルのわずかな切れ目から、車が転落する事故が発生する。運転席には陽芳寺一輝の死体。彼は仙台市側からブルーラインに入っており、それは料金所の係員に確認されている。その際、彼は自殺を仄めかすような発言をしていた。車はガードケーブルの切れ目から、仙台市側の料金所から向かって40メートルほども向こうに落ちていた。車内には彼の死体だけがあり、ギアはトップへと入っていた。本来なら、全速力で崖へと向かった自殺として処理されてもいい状況なのだが、問題が一つあった。彼の首には締められた痕があり、扼殺と断定されたことだった。
ブルーラインにガードケーブルの切れ目は一箇所しかない。車の落下地点からすると、かなりの速度で突っ込まなければならない。「(a)犯人が被害者と同乗し、車を運転し、落下直前に脱出してドアをきちんとロックした」「(b)犯人と被害者は一緒に落下した後に、犯人だけ脱出した」「(c)何らかの細工をして、死体を乗せた車を外部から操縦した」などの推測が可能だが、(a)の場合ならかなりの曲芸が要求され、(b)の場合は現場の状況からして、とても生きて逃げ出せたとは考えづらい。(c)に至っては、何らかの細工とはどんな細工なのだ、ということになる。その解明は困難と予想された。
桐野の知り合いの美人女子高生探偵・根津愛が事件捜査に乗り出す。彼女は既に事件の真相のだいたいの見当はついていると豪語する。
※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。
死体はさらに二つ増える。複数の人間関係や事件が絡む(あるいは本来は無関係なのに、まるで複数の謎が関係しているかのように書かれている)ために、話の筋がやや複雑化している。トラブルの解決手段として咄嗟に相手の殺害を選択してしまう連中ばかりが、偶然にもこれほど集中している点には、少々引っ掛かりを感じる。
「事実は小説よりも奇なり」と言われる。確かにそれはそのとおりで、もし小説の筋書きとして使ったら「不自然」「ご都合主義」と批判されるようなことが、ときに現実に起こる。スポーツを例に出せば、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の2009年大会の展開(韓国に負け続けていた日本が決勝戦でまたもや韓国と当たり、不振を極めていたイチロー選手が最後の最後に会心の決勝打を放って優勝)はまるで少年漫画の世界だし、F1世界選手権では2007年と2008年の2年連続で、それ以上に信じがたい結末(特に2008年ほどの喜劇的な悲劇は珍しい)を迎えた。
本作では、「小説よりも奇なり」な事実に基づいたトリックが用いられており、現実にそれが起こった際の記事を引用している。本作の事件はいくつかの偶然の要素や特殊な事情が重なった、あるいはそれを利用した結果であり、あるいは読者からの批判を予め防ぐために、そのような予防線を作者が張ったのだとしても、その気持は充分に理解できるw
雨の中で踊る、その存在すら疑わしい女という、魔女の夜宴を思わせる設定を用いているが、作品全体には怪奇じみた雰囲気は感じられない。同じ美少女探偵という設定ではあるが、主人公にも作品にも、二階堂黎人の二階堂蘭子シリーズのようなアクの強さはなく、軽さという意味でも明るさという意味でも、ライトな印象を受ける。ただし、桐野の車の事故の謎と、一輝殺害事件の謎という、本来なら絡める必要もないものを同時に扱っているためか、雑然としてる印象を受けるのはむしろ本作のほう。