宣告の後 | In My Life ☆幸せのカタチ☆

In My Life ☆幸せのカタチ☆

2009年5月、私達のもとにやってきた赤ちゃんは17週でお空にかえってしまいました。コウノトリを待ちわびながら日々の思いを綴っていきたいと思います。

診察ベッドの上で最悪の宣告を受けていた。

ダンナに今すぐ電話して来てもらって欲しいと言われるが、何をそんなに慌てるのか理解するまでに時間がかかった。目に涙が浮かんでくるのがわかるが、それでも淡々とダンナは今日は早く帰れないと言ってたとか、まったくドクターの意を解してないような受け答えをしてたような気がする。

こんな時なのに私は、
”ダンナは今日の懇親会は抜けて来れるのか”.....などと考えていた。

看護師さんがダンナに連絡し、今からこっちに向かって6時に過ぎには着くと言っている。

ドクターはダンナが着いたら病室に説明に来るらしい。
今から手術だから8時を回ってからになる、と言って出て行った。

看護師さんに、
「泣いていいんだよ。」と、
まるで泣きなさいと促すように肩をトントンと叩かれ、
今まで我慢していた涙がぽろぽろこぼれ落ちた。

しばらく診察室に一人にしてくれ、初めて声をあげて泣いた。

この子が頑張ってくれてる間は泣かないと決めていた。
泣くと不安が現実になるようで泣けなかった。
なのに、今は泣きなさいと言われている。
終わったんだから泣いていいんだと言われている。

夢なら早く覚めてほしい。。。


主担当である看護師さんが診察室にやって来たので、空いてるなら個室に移して欲しいと頼んだ。

すでにその準備してるからと言われ、安心した。
もう、相部屋には居たくない。。。

もとの病室戻ることなく個室に移動した。
わたしも『急に部屋からいなくなった人』になった。

入院した当初は、相部屋が落ちつかなくて個室に入りたいなどと思っていた。でも、先が長いから贅沢だな...なんて、思ってたが、ここの個室は贅沢する為にあるんじゃなかった。
こういう為にあるんだ。。。


出掛けていなかった母が看護師さんに連れられて個室に来た。

急に部屋から消えた私に驚いてやって来た母は、状況がわかり私を抱きしめて涙をこぼした。

親が泣くのを見るのはとても辛い。

妊娠を知らせた時、もう諦めていた孫を抱けると控え目に喜んでた母を”ばあば”にしてあげることができなくなった。
30を過ぎた頃から子供を考えるなら早い方がいいとさんざん言われてきたのに、いつもハイハイと聞き流していた。なんであの時もっと真剣に考えなかったのだろう...。


ダンナが病院に着き、状況を話した。
食事が運ばれて来たが、食べ物なんて見たくなかった。
重苦しい空気の中、ダンナとドクターが来るのを待った。

先程の女医さんが部屋に来て説明をしてくれた。

・羊水がほとんどないこの状態ではどうやっても赤ちゃんは助けてあげられない。
・破水すると母体への感染などその他のリスクも高くなるので早く赤ちゃんを出してあげるのが望ましい。

続けて、こう言った。
「さっきは言わなかったけど、羊水がなくって赤ちゃんもうかなり苦しそうなの。心拍も落ちてきてるみたい。」
これが説明を受けた中で一番辛かった。

そして、この点滴を外したら陣痛がくるから赤ちゃんを産んであげましょう。と言っている

えっ・・・・産むんですか!

「そうよ。普通のお産と一緒のように産んであげるのよ。」

と衝撃的な答えだった。

どれだけの人が悲しい誕生も普通のお産と同じ過程を辿るって知っているのだろう・・・。

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