大阪W選挙…税を貢がされる側の民は、官+官寄り政治家集団を明確に否定した | 半田伸明のブログ

大阪W選挙…税を貢がされる側の民は、官+官寄り政治家集団を明確に否定した

大阪W選挙が終了しました。個人のパッシングが一部週刊誌で激しかったり、ハシズムなんて言葉が流行ったり、いわゆる劇場型としてまとめられてしまいそうですが、私は待ったをかけたいと思います。

今年の2月、名古屋市長選が終了したときに、私は次のように指摘しました。
「近時までは政党(政治家)vs政党(政治家)という構図でしたが、民主党が官寄りと判明した今、その構図が崩れ始めています。
官+官寄り政治家vs民という構図になり始めているのです。
民は既に気付いていますが、なかなか政治家は気付きません。未だに政党通しの喧嘩で飯を食えると思いこんでいる政治家が多いのが現実ですね。」
詳しくはこちらをご覧ください。


さすがに今回は、政党通しの喧嘩では飯を食えないと思ったのでしょうか。平松候補にはなんと共産党までもが相乗りする始末でした。そして、橋下氏を独裁者呼ばわりして、ネガティブキャンペーンをはることで終始した感があります。
ここで、決定的なミスを彼らは犯してしまっているのです。

共産党までもが平松候補に相乗りするという事実は、民には「官+官寄り政治家」がひとつになったとしか写らないということに、気付けなかったという点です。私にはそう写りました。官と官寄り政治家がひとつになってでも、守りたいものがある。それは何か?多くの民には答えは明らかです。

残念ながらこの国には真の民主主義は存在しません。税を好き勝手に使う側と、税をひたすら貢がされる側とに、分かれているだけなのです。政治家は、何か形として実績を残すことが仕事と勘違いしているところがありますので、税を使う側についていたい、つまり権力を行使する側にいたいと考えるようになります。国政で言えば、政権交代、地方で言えば首長に擦り寄るいわゆる与党化現象です。

一方、民の側の想いは異なるというのが私の考えです。施しを受けるくらいなら、貢がされた税を好き勝手に官に使わせないように監視して欲しいという気持ちではないかと考えるのです。税を貢がされる側に寄り添い、権力をチェックすることを使命とする民寄り政治家を、民は望んでいるのです。

政治家の想い、民の想い…この2つが見事に交差しないことが重要なのです。共産党までもが相乗りする候補者に見出すものは、「特権階級」であり、そこには共感が生まれてこないのです。

一方の橋下氏はどうでしょうか。
多くの民は、橋下氏に民寄り政治家そのものを見出したのではないでしょうか。徹底した役所の改革でお金を捻出するという彼の主張の仕方は、取られ損の税をひたすら貢がされる側の民にとっては、胸がスッとする主張だったのではないでしょうか。

これほどまでに、典型的なわかりやすい選挙はなかったのではないかと思います。2009政権交代の際、官と官寄り政治家集団の自民党ではなく、民主党を選んだ、あのみんなの想いは、やはりまだまだ昇華し続けているのです。民主党が官寄り政治家集団であることは既に判明しましたし、その想いが昇華するには、国政における第三勢力がなかなかはっきりしない現在では、地方にその場を求めるしかないのです。

独裁か否か?
大阪都構想に是か非か?

こういう論法ではなく、納税者心理の奥底を深く見つめると、取られ損の税を好き勝手に使いやがって!という、民の怒りが爆発した瞬間だったといえるのです。

今後はどうなるでしょうか?

様々な論点がありますが、少なくとも民の側としては、「民寄り政治家として信頼した橋下氏がぶれているか否か」をじっくり見つめていくことになるのだろうと思います。


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