その知らせは昨年末に飛び込んできました。

なんの前触れもなく。



『2022年3月11日、特急ロマンスカー・VSEの定期運行を終了』



嘘だろ…何でそんなことをするんだ!


驚きのあとに怒りにも似た感情が湧きたち、そしてそれが次第に悲しみへと変わっていきました。

とかく“乗り鉄”にとっての鉄道は走っている事で感動を覚えます。それは写真を撮る事や模型を集める事、さらには博物館等での実物の展示ですら代わりにはならないのです。


鉄道がその役目を終える時、理由は大きく分けて二つのケースがあります。
一つは車両自体の老朽化、新しいシステムへの対応が不十分とみなされた場合に置き換えの対象にあがります。鉄道会社によりばらつきはありますが、車両寿命は概ね25年から40年が一般的です。
そしてもう一つは鉄道会社の経営方針にそぐわない特性を持った車両です。

車齢としてはまたまだ若かったVSEが引退に至ったことは、後者の理由が色濃く関係しています。

小田急が‘ロマンスカー復権’の威信をかけて作り上げた50000形VSEは、あらゆる面で「特別」な車両でした。

贅を尽くし過ぎていたのかもしれません。

構造や主要機器類も特殊なため修繕費や更新に莫大な費用がかかってしまうと言うのです。しかしこんなことは設計段階から判っていたはずのこと。判った上で、それでもブランディングの向上、利用者の快適性の為に所有する価値があるものとして作られたはずです。


では何故…?



それはコロナ禍です。



2000年以降、箱根への観光輸送の半数を占めていたと言われているのがインバウンド観光でした。それがこの度のパンデミックにより海外からの旅行者が激減、さらには国内客の利用者も減衰傾向にあります。このことを受けて今後のロマンスカーの在り方が審議にかけられました。
そこで持ち上がったのが、観光列車として長年その看板を背負ってきたロマンスカーの“通勤特急化計画”です。
箱根観光が見込めない中、そこに充当さす車両に予算を叩くことに賛成意見が得られなかったのでしょう。
確かにVSEは通勤特急として見た途端に立場が弱くなってしまうのも事実です。
広々とした車内やデザイン性に重点を置いた編成は定員が少なく、大量輸送を第一目的とする通勤時間帯の列車としては言わば「役立たず」扱い。定員がVSEに比べると200人も多い30000形(EXE)が古株にして未だ重宝されているのはその為です。

雨にも、風にも、地震にも負けず走ってきたVSEだったのに…




ファンがいくら嘆こうと一度下された決定は覆りません。
せめて出来ることは、VSEと悔いのない残り時間を過ごすことです。

三月に入り僕は毎朝VSEに会いに行くことにしました。
これぞ“VSE朝活”です!

まず考えたのは車両単体ではなく、自分を含めた画をなんらかの面白い形で記録すること。
それには人の手が要ります。協力人のスケジュール確保が急がれました。
幸いにも適任なる方にご協力頂き、最高の映像を撮ることが出来ました。この模様は後日また公開します。
鉄道を使った撮影はプロの現場でも一切の予断を許しません。まして特定の車種を狙ったシーンでNGを出すと数時間、下手をすると半日が潰れてしまいます。もちろん鉄道会社、利用者の方々に迷惑をかけるなんてことは言語道断。鉄道を使うシーンのみ、事前にスタジオでリハーサルが行われる場合もあります。
この日もVSE通過に備えて、鈍行列車で何度もリハーサルをしてタイミングを調整して本番にのぞみました。通行人や対向列車のシャッターもなく幸運にも一発OK!
余った時間でそのまま次のVSEで箱根へGO!



[衣装も変えず乗車。そのまま箱根湯本でパチリ]
この写真は箱根湯本駅の駅係員さんにお願いして撮って頂いたのですが、ホームの安全第一に務めるはずの駅係員さんが一言…

「柵が邪魔だな…」

!!

思わず鉄道ファン目線の発言!
小田急スタッフさんもみなさんVSEの格好良さに痺れているんですね、きっと!




ここからはVSEとの最期の思い出を写真と共に振り返ってみましょう。


「感謝」と綴られたポスターに‘鉄道は単なる機械ではない’という思いを感じます。スタッフにとっては同士であり、利用者にとって思い出の助演者なのです。




[上・VSEは身だしなみが大切。専門スタッフによる‘メイク直し’もおこたりません!]

車内にも感謝を伝えるディスプレイが施されていました。このショーケースはかつての車内売店の名残りです。VSEには17年の間に役目を終えた車内施設が幾つかあります。その代表的なものが喫煙ルームです。時代性から不必要と判断され全車禁煙化されました。しかしスペースそのものが撤去されたわけではなく、最後は何となく落ち着く‘妙な個室’となっていました。



かつては喫煙者の私。車窓を眺めながらの一服はそれはそれで良い味がしたものです。
二箇所ある元喫煙所の一方には、現代の長距離列車では常備品となったAEDが設置されています。



下り列車の進行方向右列に座ると晴れた日には富士山も見ることが出来る箱根旅路。午前中は空気が澄んでいるのでよりはっきりと見える気がします。新宿から約100分程で着いてしまうのは正直乗り鉄には少々物足りない?!




春は別れの季節と言いますが、まさかこんなに早くにとは…
白い車体が河津桜によく映えています。鉄道は町を走るもの。なるべくなら風景と調和するデザインであるべきだと僕は考えています。
その点、VSEは大都市からのどかな田園風景、はたまた季節の山々の道…どこを走ってみても画になる不思議な車両でした。時に鋭く、時に優しく、まるでそれは人格を持っている様。



不思議と言えばVSEと居ると自分の性格にもある変化起きていることに気付きました。
表に出る仕事をしていながらとにかく“自撮り”というものが嫌いな僕なのですが、何故かVSEがあると自然とカメラを自分に向けているのです笑



[上・‘通’は一度駅を出て道路から撮影。]
[左下・朝日をバックに撮るなんてマネは普段はしない。]
[右下・VSEの兄弟的存在の60000形MSEとのすれ違いを狙ってパチリ。しかし内装をしっかり撮ることに意識がいったアングルである。目線もレンズではなく鉄道に向いている]

性格にもプラスに作用するVSEって一体何者?!
でも引退してしまった今では、また自撮りをする意味を感じなくなってしまいました。残念!



こぼれ話をひとつ。
当たり前のことですが電車は乗車中は外観が見えませんよね?
そんな時、ホームの待合室の硝子や沿線のビルの窓などに一瞬自分の乗る車両が映る瞬間があるのです。そんな時に咄嗟に「カッコイイぜ…」って心から思ってしまうのですが、これってよく自分フェチの方がショーウィンドウに映る自分の姿に脚を止めるのと同じ感覚ですよね??
村○○平さん!やっと僕も理解できたよー🤝VSEにお礼言っといてねφ



VSEに限らずロマンスカーの醍醐味といえばやはり前面展望席です。一度体験すると鉄道ファンでなくてもきっと魅力を分かって頂けるはずです。鉄道の特性として先頭車は連結箇所が一箇所なので、その分ヨーイングを起こし乗り心地が低下します。しかしVSEの先頭車にはそれを相殺する装置が搭載されている為、むしろ乗り心地が良いのです。
全てがパーフェクトだったVSEの唯一欠点は前灯(ヘッドライト)が頼りないことくらいでしょうか笑。(あと冬場はフロントガラスが結露しちゃう)

鉄道のライトは車のように前方を確認する為のものではなく、あくまで「標識灯」なので灯っていれば問題にはならないのですが…

せっかくの展望席付き車両ですからトンネルや夜間でももう少し景色が見れたらな!と思っちゃいます。でも欠点もまた可愛らしきかな。




車内だけでなく、駅にも沢山の惜別のメッセージを見ました。



[左上・小田原駅の様子。]
[右上・ファンからの寄せ書きに囲まれて…]
[左下・手描きって良いです!]
[右下・残すところあと一日…]




定期運行最終日。



その日僕はVSEの箱根湯本行きとしての最終便「はこね31号」(新宿15:40発)と、定期運行便として本当に本当の最終便「ホームウェイ87号」(新宿21:20発)の二本を見送りに行きました。

最終便にはあえて乗車しませんでした。


その列車で終点に着いてしまうと、本当にVSEが終わってしまう気がしたからです。




僕は駅に残るよ。


走り去る君を見送ろう。


僕の知らないところに君は走っていくのだ。




ここでサヨナラだ…






















サヨナラだ…













十年ロマンス

作.詞曲:半田健人


走り出した十年前

まだ若い甘えに揺られながら

君はどこにも止まらない様子で

ただ僕のそばにいて

パノラマに未来が見えていたね


  二人を乗せた白いロマンスカー

  行き先を見ずにただ飛び乗った

  約束された指定券は片道切符のまま

  今も僕のポケットの中


隣の空いたままのシートに

僕はまだ座りつづけているよ

君がどこかのホームで待つようで

窓の外が気にかかる

終着駅までは前だけ向いて


  二人を乗せた白いロマンスカー

  十年の月日を走り抜けた

  フロントガラス吹きつける風に

  傷をつけられても

  真新しい姿で


 素通りした夢 置き忘れた荷物も

 全てのせたままで…


  あの日に帰る 白いロマンスカー

  行く先は十年のロマンス

  トンネルの先 灯りはまだまだ

  届かないけれど

  スピードはゆるめずに


 





またいつか逢おう。


必ず。


その日まで、さらば

白いロマンスカー。








半田より。