僕のように地方出身の鉄道ファンが東京の鉄道に憧れを持つことは珍しいことではないはずです。
自分の生活圏にある車両は当然愛着は湧くものですが、やはり日本の中枢を駆け巡る鉄道は一軍選手のような輝きがあります。実際のところ性能に著しい差があるわけではありません。しかし走る地域の問題なのでしょうか、やはり垢抜けて感じていました。
そんな東京を走る鉄道の中でも、僕が幼少期より強く憧れを抱いていたのが小田急ロマンスカーでした。
二階にある運転席、その運転席よりも前に座れる展望席を持つ特急型車両、それがロマンスカーです。
歴史的にみると日本で初めて展望席を設けた特急車両はロマンスカーではなく、名鉄7000系(パノラマカー)なのですが、‘スター性’と言う意味ではその後大きく引き離されて行った印象があります。

[名鉄7000系電車]



今ではすっかり“鉄”に落ち着いている僕も、実のところずっとファンを続けてきたわけではありません。オタク気質は生まれつきですので、幼少期(幼稚園児)の鉄っぷりはそれはそれで他の同年代と一線を画すものがありました。しかし、小学校にあがると興味は車、映画、銃、サッカー、テレビゲーム、漫画…と散漫になりすっかり鉄道への興味をなくしていました。
再び鉄道を意識したのはこの世界(芸能)に入ってからだったと思います。

以下の話は、僕がいかに鉄道知識を一時期喪失していたかを物語るようなエピソードです。

僕の映像デビュー作にもなったドラマ『ごくせん』に出演した時の話。
翌日の早朝ロケが町田で行われるということで、町田市内のホテルに前泊するように指示が出ました。自分は慣れないトランクを引きずり(この時はまだ関西住まいでした)新宿へ移動。そこから鈍行に乗るつもりでいましたが、マネージャーさんが気を利かせてロマンスカーのチケットを買ってくれました。
「ロマンスカー乗せてやろうか?少しは旅行気分になるだろ?」と気にかけてくれたのです。
その瞬間、忘れていた記憶と感情が甦りました。

〜ロマンスカーって…あのロマンスカーか!〜

そうなのです、ここはもう憧れの東京。ロマンスカーが走る街に僕は来ていたのです。
テンションが上がった僕は改札口でマネージャーさんと別れて、二番ホームでロマンスカーを待ちました。
初めて実物が見れるのです。
小さい頃、朱色と灰色のクレヨンで画用紙いっぱいに描いたあの二階建てのロマンスカーが今まさに目の前に…

…来るかと思いきや、入線してきたのは茶色いロマンスカー。
展望席もついていなければ、二階建てでもない、ごくごく一般的な私鉄の特急型車両。この車両は現在も活躍中の小田急30000形(EXE)のことです。

[小田急30000形(EXE)]


なにも情報を持たなかった僕は心の中で絶叫しました。

「こんなの!ロマンスカーじゃない‼️」

ガッカリしました。
ロマンスカーは変わってしまったんだな、と。

後になり、それはその時たまたま30000形が当たっただけであり、当時は7000形(LSE)も在籍していれば10000形(HiSE)も現役で完全な早とちりだったことが判明します。

しかしどうでしょうか?

世の中の大半の人がちゃんとした鉄道知識を持っていない中、よくわからずに乗った‘初めてのロマンスカー’があれでは…

ロマンスカーのイメージダウンに繋がっていないか?
いくらLSEやHiSEが残っているからといって最新のロマンスカーがあのコンセプトでは…


その件以来、僕はあんなに憧れを持っていたはずのロマンスカーにすっかり幻滅してしまったのです。


[上・小田急7000形(LSE) 下・小田急10000形(HiSE)]

※展望席やカラーリングにロマンスカーらしさを感じることが出来る。





月日は流れ2005年。鉄道熱も復活し、ある日の書店でいつものように鉄道月刊誌の新刊を開きました。


目を疑いました。


そこに掲載されていた新型の車両はこの世の中のどの車両よりも美しかったのです。


シルキーホワイトのボディにアクセントを効かせたバーミリオンライン、優美な流線形に収められたスタイリッシュな展望席。さらに床下機器は全てスカートでマスキングされ、台車には連接構造を採用…
この車両が今度の新型ロマンスカーであることに気づくのに時間はかかりませんでした。
本屋でなければその場で「よくやった!それだ‼️」と声に出したかった程です。

想像を超える出来栄えとはまさにこのこと。欠点ゼロ。120点どころか200点超えの史上最高の作品、それが…


小田急50000形・VSE



だったのです。




VSEをデザインした岡部憲明さんは特急車両は「全長150mのオブジェ」である必要性もとなえておられました。
使い勝手の良さや、輸送量を最優先する通勤型とは違い、特急車両は日常と切り離す高揚感を与えるものでなくてはなりません。
実際、VSEの開発目的のひとつにロマンスカーのイメージの復権というものが含まれていたようです。
小田急側がデザイナー岡部さんに依頼した際に条件として提出したポイントが以下三つ。

・【前面展望席を設置すること】
・【連接式を採用すること】
・【ときめきを与える車両】

これら事柄からも小田急側がいかにVSEをもってロマンスカーの原点に立ち帰ろうとしていたかが伺えます。
とくに三つ目の「ときめきを与える車両」というのはもっとも難しい課題と言えましょう。
前面展望席や連接台車は設計上の話ですが、なにをもってときめくかは個人差があります。
マネージャーさんが僕にかけた「旅行気分になるだろ?」という言葉はまさにこの要素なんですね。



〜初乗車〜

僕は幸せ者で、そんな夢のような特急車両の初乗車をなんと展望席で体験する事になるのです。
それも仕事ではなくプライベートで。

座席番号は1号車1のABでした。新宿発箱根湯本行き、二番線をメロディホンを鳴らし滑るように動き出しました。SE車より伝統のロマンスカーメロディホンの生音を聴いたのもこの時が初めてであり、全てが興奮に包まれていたことを今でも鮮明に思い出します。
VSEの乗り心地は他の車両とは全く性質の違ったものでした。揺れを軽減するための特殊な設計(自己操舵台車、最大3度の車体傾斜制御装置等)が至る所に施されており、特に先頭車は揺れ防止を強化しています。そのため鉄路を鉄の車輪で走っている‘キシリ’感覚は微塵も感じさせず、さながらリニアのような錯覚すら覚えました。
当時はシートサービスと言うものがあり(2016年3月26日終了)、座席で注文をするとアテンダントさんが持ってきてくれるというもの。これが鉄道旅の演出としてはなかなか粋で、カップも紙ではなく硝子製の専用カップだったのです。
またシートと言えばVSEのシートは窓側に5度角度つけた設計になっていて、これは通路側の人にも車窓を楽しんで貰いやすくする工夫です。

[ハの字に開いているのがわかる]


[細かな装飾品も全てVSE用に作られている]


外見も座席もサービスまでも完璧なんですね!

車内はここ最近の車両内装にはあまり使われてこなかった木製の化粧板が随所に配置されインテリア性を高めています。

[床面までが木製フローリング]



そしてVSEの名前の由来でもある“Vault Super Express”の「Vault」とは日本語で「丸天井」の意味を差し、天井高は歴代ロマンスカーでも最も高い255cm!
乗車した時の第一印象は「天井高い!」でした。

[間接照明の採用でやわらかなムードに]





僕にしてみれば、褒めるところしか浮かばないそんな‘キング・オブ・ロマンスカーVSE’にも終幕の時がやってきます。



次回は、「僕とVSEの最期の十日間」を記してみたいと思います。




半田より。