関西出身の僕としては未だどこか横浜という街を勘違いしたままのような気がする。
勘違いなのかそもそもを知らないのか、横浜と聞くと「港」「山下公園」「ランドマーク」「外人墓地」「マリンタワー 」等々、浮かび上がるイメージは全てベイサイドエリアの事を指している。
これも他ならぬ横浜なのだが、歴史的に見るとランドマーク(みなとみらい)付近の施設は1990年以降の開発によって生まれた街で、ドメスティックな横浜とは言い難いのが実際のところだろう。

僕の初めての横浜体験は幼少期に遡る。親戚筋が横須賀に住んでおり、その際に横浜を‘経由’した覚えがある。しかしその時はあくまでも経由であって意識の中に‘横浜’は存在していなかった。
中学生の時だったか家族で東京旅行へ来た。その頃の自分ときたらひどく関東地域への憧れがあり、積極的に動き回った。渋谷から東横線に乗り終点の「桜木町駅」を目指した。この時の体験が事実上の‘初横浜体験’と言っていいだろう。
今にして思うと初めての横浜という意識のもとで向かった地区がランドマークだったことに、そもそもの今思う僕の中の横浜が‘そこ’である感覚はごく自然なことだ。
横浜という街はロケーションが良く、施設も新しく道は広々としていて近代的な街なのだ。

俳優業に就き、各地でロケをするようになると様々な関東が見えてくる。
仮面ライダーの時は生麦にある工場跡でよく撮影をした。ロケバスで練馬の撮影所から直行することもあれば、京急川崎大師線を使って行き来する日もあった。
この時、意外と近くに横浜駅があるんだなぁという感覚がした。何故意外と思ったかは、その程ない距離の割に鶴見区の印象が僕の思う例の横浜とはかけ離れていたからだ。誤解の無いように補足しておくと、決してどちらが良い悪いの話をしているわけではない。事実としてそこに広がる風景は対岸のニュータウンとは違う世界に思えたからだ。
実のところこの時点ではまだ「横浜駅」に降り立った経験がなかった。みなとみらいこそが‘イコール横浜’という印象でものを見ていたのである。なので後になり横浜駅に降り立った時、その印象が大きく変わることになる。

横浜駅は日本のサグラダファミリアかというくらい長年増改築を繰り返し、現在と言えどまだ完成はしていない。なのでその時もごちゃごちゃした構内を抜けて西口方面へ出た。
日本三大都市の二番目に当たるだけあり、そこには大勢の人が絶え間なく行き来し、沢山のビルがひしめき合っている。
しかしここである事に気づく。ひしめき合うビルはどれも古く、細い路地が八方に伸び、用水路の名残かとも思わせる決して綺麗とは言い難い川が流れている。

あれ?ちょっと様子がおかしいぞ…僕の想像していた横浜と違うではないか…

人の思い込みとは迷惑なもので勝手に持ち上げておいて、違っていれば印象が悪いとする。まことに勝手である。
そんな心持ちの中、散策するにも当時はまだスマホもなく、ただ目標物もないままにぶらぶらと川沿いを歩いてみた。
街の人々の雰囲気も少々都内とは違って見えた。これも良い悪いの話をしているわけではないが。
僕は今でもそうなのだが、初めての街に降り立ち別段目的がない場合はまず楽器屋を探すことにしている。楽器は出会いというポリシーが根強く自分の中にあり、それを理由に新しい楽器を買う事が趣味なのだ。
この日もその信念で楽器屋を探していると「イシバシ楽器」の看板を見つけた。イシバシ楽器とは大手楽器販売店として全国展開しており、僕の地元にも数店舗が存在していた馴染み深い店だ。路面店ではなく何やら大きなビルの中に入っている。見上げて見るとそこには「ダイエー」のエンブレムがあった。

「ほぅ、ダイエーねぇ…中学生の時よくドムドム行ってたっけなぁ」

なんて思いつつ入店。
この時思ったのが「横浜でもダイエーはダイエーだなぁ笑」
良く言えば企業イメージの統一化がなされているのであろうが、店内のレイアウト、BGM、匂いまでもがそこはかとなく「ダイエー」なのである。
イシバシ楽器は独立した企業のためダイエービルを間借りしているわけだが、エスカレーターを順に上がっていくうちに本屋、レコード店などが各フロアぶち抜きなのを見て期待に胸が高まった。イシバシの階に着くとそこもやはりワンフロアぶち抜きで楽器が並んでいた。フロア手前の左側がギターのコーナーだったと記憶している。当時フェンダーのビンテージベースを探していたのですぐにショーウィンドウを眺めた。確かこの時は74年のメイプル指板のジャズベースを試奏した。御茶ノ水にあるイシバシ楽器よりも店内が広々としているためゆったり試奏が出来た。
この日は何も買わず終いだっだが後年、ここのイシバシで二本楽器を買うことになる。


そう、ダイエー横浜西口店は僕が横浜駅に降りた時にまず最初に向かうスポットになっていった。

ある時はロケの合間に一本買い付けてきた。衣装のまま買いに行っていたかもしれない。
またある時は下階のレコード店で3時間ほど物色を続けていた時もある。

またこの近辺は沢山の飲食店が所狭しと競争しているようにも見えた。
どこもリーズナブルな雰囲気があり、探せばいくらでも安く美味しい店が見つかりそうなのだ。
そんな風にしてダイエーを訪れる度に周りにもだんだん詳しくなって行くにつれ、ある事を思うようになった。


「あぁ、こっちが本来の横浜なのかもしれないなぁ」


みなとみらいやランドマークは外向けの新しい横浜の側面に過ぎず、地元の方々が愛してきた横浜というのはこっちの空気なのかもしれないと。
もちろんそれはよそ者の想像に過ぎないのだが。

そんな事を気づくきっかけをくれたダイエー横浜西口店も昨年の今日(2月11日)を持って閉店した。一年も行っていなかったのは意外であった。

ちょうど昨日、パシフィコ横浜で仕事があったのでその前に寄るつもりで訪れたのだ。
降りたシャッターには痛みもあり、壁にはスプレーの落書き、照明もところどころ抜け落ちている様子を見て昨日今日の閉店でなかったことを知る。建屋がまだ残っていたことがせめてものことか。(イシバシ楽器は数年前から隣のビルに移転している)


性分のせいか自分は新しく出来上がるものより、消え去るものばかりが何故かいつも愛おしい。
こんな風に思う人もいくらかはいるだろう。ましてこの地域に住み、密に付き合ってきたものが姿を消す事には少なからず抵抗もあるものかと想像する。
しかし施設がリニューアルすることは良いことである。
住民ファースト。マニアックな外野の感傷に付き合ってはいられない。


最後に個人的メッセージを一言。


「となりからですが再建を応援しています。これからの横浜西口を期待して。」




半田より。