思い出の芥川チョコレート | wai blog~日々是安泰~

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旅、子育て、暮らし、気づきを綴るblog。

たしか、名前は

貴子さんだったような気がする。

 




小さくてかわいらしい

名前のごとく
貴族の末裔のような
おばあちゃんだった。
 
20代半ばの頃
訪問介護ヘルパーとして週に1度
家事の支援で行っていた。
 
都内の小さな商店街のすぐそばの
古くて小さなアパートの1室。
 
貴子さんは病気のためか、
体が細くて枯れ枝のようだった。
 
その世代の人特有の気丈で
弱みを見せない女性。
 
いつもニコニコと
嬉しそうに私を迎え入れてくれた。
孫のように思ってくれていたのかもしれない。
 
穏やかで優しかったけれど
立ち入ってはいけない場所には
絶対に人を入れなかった。
 
それは、なんというか
心のバリアみたいなものだろうか。
 



ある時、ふくらはぎがパンパンに腫れあがり
リンパ液のようなものが
ダラダラと流れていて
これは緊急事態!と皮膚科に連れていったことがある。
 
素人目からしても
かなり異常なことだったが
貴子さんは
「虫に刺されただけ」と言い張って
医師を困らせていた。
塗り薬だけ処方してもらった。
 
虫のわけないと思うけど、それ以上言えない。
 
家に行くと
自分で包帯を巻いた箇所からは異臭が放たれ、
それが家に充満していた。
 
どうか、治りますように。
祈るように見守ることしかできなかった。
 


 
貴子さんには自慢の一人娘がいて
裕福な家に嫁いだのだと
嬉しそうに話していたが
それはもう20年以上も前の話で
お母さんを大事にしてくれる自慢の娘の記憶はその当時の美しいままで止まっていた。
 
部屋に飾ってあるのも
20代の娘さんと若かりし頃の貴子さんの
美しい写真だった。
 
「娘さん、今は、どうしているんですか?」
と聞くと
少し顔を歪め口をつぐんでしまうのだった。
 
もし、裕福な家に嫁いだのであれば
お母さん思いの娘であれば
こんなアパートに
一人暮らしをさせておくだろうか・・・
 
それ以上は入り込めなかった。
 

ホームヘルパーとして仕事をする上で
利用者さんから何かもらったりすることは
禁じられていたが
 
貴子さんは時に強引に
押し付けてくることがあった。
 
9割なんとか遠慮しつつも
1割はもらわらざるを得なかった。
 


その一つがチョコレート。
 
『芥川チョコレート』
 
あくたがわ。
 
珍しいメーカー名がずっと残っていた。
 
その美味しさに驚いたことも。
 
「ね?ここのチョコレート、美味しいでしょ。」
ニコニコしながら貴子さんは私を見つめていた。
 


思い出をたぐりよせても笑顔しか思い出せない。

小さくて可愛い
個包のチョコレートのようなおばあちゃんだった。
 
甘いけれど
どこか気丈で
強さを持った人。
スイートでビター。


 
先月のこと
当時、一緒に働いていたケアマネさんから
突然、贈り物が届いた。
 

この方が
貴子さんの担当ケアマネさんだった。
だから貴子さんを思い出したのだ。
 
 
うれしくて電話をしたら
「もう私は84ですよ。
最近、夫の弟も亡くなってね。
そういう歳になりましたよ。
あなたは若くていいわね。」
 
なんて言われてしまった。
 
そうだ。
貴子さんの口癖を思い出した。
 
折に触れ私に
「若くていいわね!
私もあと20年早かったら
英語を習いたかったって思うわ。
 
あなたの年なら
なんでもできるわね。」

決して僻みでも、嫌みっぽくもなく、
私を励ましてくれるように言ってくれた。


あれからもう20年経つけれど
きっと今でも貴子さんなら
そう言ってくれそうな気がする。
 

そして思い出したのが
芥川チョコレートだった。
 
すごく美味しかった。
という記憶が本当だったのか確かめたいな。
 
特別なチョコレートに思えたのは
貴子さんとだったからなのか
単に芥川チョコレートが美味しかったのか。
 

いただいたチョコレートは
薄っぺらなチョコレートだったような
気もする。

チョコレートの味の良し悪しを
わからない女だが
あの芥川チョコレートの美味しさだけは
ずっと記憶に残っている。


 
日頃お世話になっているお友達や
貴子さんのケアマネだったおば様にも
お裾分けしたくて
オンラインショップでまとめて買ったチョコレート。
 
もちろん、私もたっぷり食べたくて。
旦那さんと息子に、と言いつつ自分も食べる気満々だ。
 
貴子さんのことは何年も忘れていたけれど
今でも、鮮明に思い出せる風景がある。

古いアパートの玄関ドアから入ると
狭いキッチンがあって
やけに高さのあるベッドが部屋を占領したこと。

日当たりだけはよくてよかったと思ったこととか
春になると窓からは大きな桜の木が見えて
とても幸せな気分になれたこと。
 
そして
小さな体に合わない大きすぎる手を合わせながら可愛い声で笑う貴子さん。

たくさん苦労を背負いながらも
いつも気丈に笑顔を見せていた人。

愚痴をこぼし、顔をしかめる
高齢者が多い中
貴子さんはお花を思わせる人だった。
 
 
貴子さん、
あなたのことを思い出して
芥川チョコレート買いましたよ。
あの時のケアマネさんにもお裾分けしますね。
 

「そうなのね。
チョコレート、美味しいでしょ?」

やっぱり貴子さんの可愛い笑顔しか
浮かばないのだ。
 
wai