マリー・アントワネットの母、マリア・テレジアは名君主として知られる立派な人ですが、そんな彼女は実は甘いものが大好きでした。
その好きさといったら・・・、自分の宮殿の中に「宮廷菓子部門」を作ってしまうほど。
それまでの宮廷では、お菓子というものは晩餐会のたびに専門店に注文するという形をとっていたのです。
マリア・テレジアは1741年に「宮廷菓子部門」を設立しますが、それは帝国崩壊直前の1912年まで続きました。

「王位継承者としてのマリア・テレジア」

8歳ころ。王権の象徴である、オコジョの赤いマントをまとっている。


では「宮廷菓子部門」とはどのような組織だったのでしょうか。
まずはその構成員、役割をあげてみたいと思います。

●宮廷菓子長官(「宮廷菓子部門」の一番偉い人)
●宮廷菓子長(シェフ)
●宮廷菓子職人(1~3級)
●菓子助手(1~2級)
●菓子運び人
●鍋洗い人
●シュトロイヤー
「ふりまく人」の意。晩餐会の食卓の上にパン屑、小麦粉、砂糖、塩、アマルガムなどを使って絵を描く仕事。地位は宮廷菓子長と同格。1760年代から役職として加わった)
●宮廷飲料水係
(この時代は水の衛生がよろしくなかったので、飲料水を殺菌する役目。女帝一家以外にも、宮廷の職員全員のために、アルコールやジュースなどのすべての飲料水はこの係によって作られた)


このような構成になっている「宮廷菓子部門」の役割は、お菓子を作ること以外にもありました。
それは・・・

●晩餐会での食卓のコーディネート(磁器やガラス食器などを駆使して、食卓を芸術的に優れたものになるようにコーディネートする)
晩餐会で貴族たちに菓子を配る(マリア・テレジアの作った規則によると、この役は「宮廷菓子部門のなかでも容姿端麗なものに限る」ということらしい)


このような環境が整ったことによって、ハプスブルクにはお菓子の文化が発展し、今に残る有名なお菓子を沢山生み出すことになったのです。
現代の甘党たちににとってみれば、非常にありがたいことですねブーケ1