金ぴかな装飾に飾り立てられ、質の高い職人に作らせた高価なもので溢れ、さらには何処までも見渡せるような広大な敷地を持つ宮殿内の生活は、さぞかし楽しく贅沢で、住み心地が良かったに違いありません。
・・・などと、一般庶民の目からしてみれば思ってしまいがちですが、実際のところはどうだったのでしょう。
結論を先に言ってしまうと、宮殿とはかなり住み心地の悪いところだったようです。

エドワード1世(在位1272-1307)の私用のホール

まず中世のお城はかなり内部が閉鎖的で、窓も小さく、とても暗くて、そして寒かったようです。
そのような部屋で、王妃は必ず人とともに過ごし、謁見をしたり手芸をしたりなどをして気を紛らわせる毎日を送っていました。
宮殿内の生活は、ルネサンス期には王妃の居室というものが新しく作られたりなど、時代が進むにしたがって次第に華麗さを増していくのですが、例えば極彩色だったりして見かけは立派だったりしても、あくまでそれは見かけだけであり、使い心地などは二の次だったようです。

女帝エカテリーナ2世は、ドイツからロシアへお嫁入りしましたが、このとき宮殿の窓はきちんと閉まらなかったので常に冷たい隙間風が吹き、手足は感覚がなくなり、いつも風邪をひき、しょっちゅう熱を出していたようです。
さらには壁の裏側にはねずみがいて、常に騒いでいたので、夜はろくに寝られないありさまでした。

エカテリーナ2世にはこんなエピソードもあります。

あるときサンクト・ペテルブルクの宮殿が火事になったことがありました。
外へ出たエカテリーナが見たものは、なんと、同じように非難してくる何千匹もの黒ねずみの群れ!
そのあとには色の違うねずみたちがこれまた何千匹も続いたというのだから驚きです。
記録によると、そのほかにも、「ただもう考えられるかぎりのありとあらゆる虫」がうようよしていたといいます。
ああ、恐ろしい・・・。


そしてまた、栄華を極めたヴェルサイユ宮殿には、こんな苦情が相次いでいます。



まず鎧戸というものがなかったので、宮殿内には虫はもちろん、鳥やコウモリまで入ってきたらしい。
オルレアン公夫人、リスロットは蚊の大群に悩まされた。
彼女が言うには、

さんざん刺されましたわ。
人が見たらまたハシカにかかったのかと思われそうです。
スズメバチも嫌というほどいて、毎日誰かが刺されています。
何日か前、スズメバチが一匹、女官のスカートの中に迷い込んで太ももを刺したことがありました。
その女官は気が狂ったみたいに転げまわりました。
ドタバタしながらスカートをたくし上げ、金切り声で叫びました。
「助けて!助けて!誰か目をつぶってハチを追い出して!」



暑さに関しては、

ひどく暑い、長く生きてきた人が、過去にこれほど暑いことがあったか思い出せないほど暑い。
宮廷では皆、肌着一枚の姿で夜7時まで自室にこもっています。
その肌着もしょっちゅう取り替えねばなりません。
わたくし自身、たった一日で8回も新しい肌着に取り替えました。


寒さに関しては、

言葉では言い表せません。
めらめらと燃える暖炉の傍に座っているのに、震えてしまってペンが持てないほどです。
ボトルの中でワインが凍ってしまいます。



18世紀始めのサン=シモン公爵によると、

国王陛下のヴェルサイユの居室は、不快の一語につきる。
これよりひどいと思われるのは、便所とか、その他悪臭のする嫌な場所くらいのものだ。

                               引用:『女王のセックス』



それはよっぽどひどい、と思うのですが、宮殿自体がその悪臭のする嫌な場所である可能性もあるのだから、たまりません。
なぜなら貴族たちは、宮殿のすみで平気で用を足し、床には唾を吐きかけていたからです。
                         

このように、宮殿の住み心地とは悪いものであったことがわかるのですが、このような場所に監禁生活のようにしばられていた王妃の心情とはどのようなものだったのでしょうか。
私たちが今このような場所に住むことになったら、かなり耐えられないと思いますが、このような生活が当然だった時代からしてみれば、意外と平気だったりするのでしょうか。

詳細については分かりませんが、王妃の生活とは私たちが抱きがちな、一般的なイメージとはちょっと違っていたのかもしれない、ということを考えさせられる記録です。