幸せの基準は? | 自分の素晴らしさを受け取ろう♪

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心から湧き上がる素直な感情を大切にする。
自分自身を大切にする。自分自身を幸せにする。

ネガティブな自分・自分責めする自分・コンプレックスに悩む自分を克服できた!

 

 

2021年、今年最後の献血に行ってきました。

 

 

看護師さんに

 

私:「年末年始はこの献血会場はどうされるんですか?」

 

って聞いてみたら

 

看:「元旦がお休みだけです。

   いつ血液が必要な事故が起こるかもわからないので

   基本、献血会場も休みは無いんですよ。」

 

なるほどー。と。

 

 

以下↓  私と看護師さんの会話。

 

 

私:「コロナがあっても、こういう医療体制がある

   日本に生まれて幸せですね。」

 

看:「そうですか?

   アフリカの子供たちって日本の子供には無い笑顔してるし

   日本の子供よりも幸せそうに見えますよ。」

 

私:「う〜ん。確かにそうかも。いじめとかも無さそうだし」

 

看:「発展途上や支援が必要な国の子供たち

   本当に幸せそうな笑顔してますからね。

   そういう国って、自殺って言葉もないし、する人もいないんですよね。」

 

私:「確かにそうかも。

   ある意味、豊(ゆたか)で物や食べ物に溢れてる国の方が

   心が病んでたり、自殺したりする人が多いかも」

 

看:「あっちの国の人や子供たちの方が、食べ物や物に感謝してるし

   家族の繋がりも幸せそうですよ。

 

   物があって豊(ゆたか)だから幸せって事じゃないって、教えてもらいました。」

 

 

ってね。

 

(この看護師さん、発展途上の国に看護師として派遣されていたそうです。)

 

 

確かに。確かに。

 

「自殺」や「いじめ」とか、先進国にしか無いような気がするし

 

豊になればなるほど、大切なことをすっかり忘れてる気がする。

 

 

・電気が通ってるのが当たり前。

 

・携帯電話の電波が入って当たり前。

 

・蛇口をひねれば水が出てくるのが当たり前。

 

・ちょいと歩けば宝の宝庫 コンビニがあるのも当たり前。

 

 

こんな当たり前=当然 と勝手に勘違いしていて

 

日々の生活を送っていれば、大切な「何か」を忘れがちになってしまうのだろう。

 

 

 

↑↑↑

を書いていて、ふと思ったのだけれど

 

こと、自分の親の鹿児島の実家は、いまだに凄いと思う雷

 

電気は通ってるけれど、水は井戸水で、上下水はなし。

 

携帯の電波は入らないし、最寄りのスーパーに行くにも車で30分ほど。

 

歩いては行けない距離にある。

 

集落の人と物々交換なんて当たり前だし

 

宅急便の兄ちゃんなんて、昼間はみんなが畑に出て

 

どこの畑にいるのかわからないってことを知ってくれていて

 

再配達できないから勝手に荷物を置いてくし、クールならしっかり冷蔵庫に入れてくれてる。

 

やっぱり、人が優しいし、自分が鹿児島に籠る理由もよくわかる。

 

人が人のために動いて、助けてあげなきゃ生きていけないし、

 

助けてもらわなければ、生きていけない。

 

助けてもらえて当然 ってことも知っている。

 

 

ここまで書いて、背筋が寒くなった。

 

3年ほど前から頻繁に鹿児島に帰って、人の優しさに触れてきた後に

 

心屋に出会ってる。

 

そう。鹿児島の実家の集落には

 

すでに「自分は愛されてる」が浸透してたんだなーと。

 

「愛されてる」って前提があるから、人に優しくできるし

 

優しくしてもらえて当然って知ってる。

 

 

ってことは、やっぱり、

 

物があればあるほど

 

「幸せ」の何かを置いてけぼりにしがち なんだ。

 

めっちゃ鹿児島に帰りたくなってきた。

 

iPhoneの電波は入らなくて、人に呼び出されることもないし

 

時間に追われて何かするってこともないしね。

 

自分軸をすごく大切にできるというか。

 

 

「幸せの価値観」なんて人によって違うっていうけれど

 

自分は自分なりに「何が幸せ」で「人にどんな幸せを与えられる」のだろう?

 

恋人がいれば幸せ?

 

結婚してるのが幸せ?

 

子供がいるのが幸せ?

 

お金持ちだったら幸せ?

 

ううん。今の自分が「幸せ」って気づけた瞬間に、もう「幸せ」なんだろうな。

 

逆に言えば、今の自分の「幸せ」に気づけない限り

 

ずっと「自分は不幸コント」していて、「悩んでるコント」してると思う。

 

 

自分の「幸せ」に気づいたら、今度は人に「幸せ」を与えていけるんだろうなー。

 

 



 

なーんか、友達とただただ献血に行っただけなのに

 

いろいろと考える採血でした。