今月18日の天声人語はこんな書き出しだった。

 

「今年は真人間になって まじめに働きます。

怪しげな年賀状がどこやらの刑務所からとどく。----

1970年の正月、画家安野光雅さんが送った挨拶状には誰もが腰を抜かした。

そんな遊び心が彼の創作の原点である。ーーー」

 

淡い色調の風景・絵本などで名を派した画家が先月・94歳で亡くなった。

文章だけでなく、淡い色彩で描かれた絵画も、とりわけ穏やかな笑顔が私は魅力を抱いた方だった。

 

手元に安野氏の「片思い百人一首」がある。

そこには百句に添えて安野氏の句が載る。

たとえば、

 

   大江山いく野の道は遠ければ

          まだふみも見ず天橋立  (小式部内侍)

 

   子供のとき「行った」と嘘の手をあげて

          まだふみも見ず天橋立

 

と言うように安野光雅さんの句と解説が載る。

 

大江山地区は私の母親の実家があり、子供のころ従兄とよく遊んだ思い出がある。

天の橋立は父親の勤務の関係で幼少期に過ごした地であり、成長してからは二人の弟を連れてキャンプをした思い出深い地区である。

 

また氏の生まれ故郷は島根県・津和野は百人一首の盛んな地であることを知った。

氏の容貌は穏やか風貌。心休まるようなタッチの絵画など、他界された方ではあるが魅力は尽きない方である。

 

 

 

     安野光雅美術全集「津和野」故郷の駅舎をコピー  

     させていただきました。

 

            みいちゃんの大好きだったぬいぐるみ