「生まれてきてはいけない子」が、私の中に存在するということは、
ここに何度か書きました。
でも、今一度、人生を振り返ってみても、そういう扱いを受けた記憶が無いんですよ。
私が生まれたとき、その家では、初めての女の子で、初めての孫で、
祖母と母が、取り合いをしていたって聞いてました。
父と母は離婚しましたが、私の親権を取り合ったそうです。
父方の祖父も、母方の祖父も、私をとても大事にしてくれた記憶があります。
思春期になって、恋愛もしましたけれど、初恋の人は、私が泣いていたら、
声をかけてくれた人だったし、
初めての恋人から結婚まで、付き合った人も、みな優しかったし、
離婚した夫も、最後まで大切にしてくれたし、
それ以降出会った人も、みんな優しかった。
仕事で知り合った上司、先輩、同僚も、大事にしてくれたし、
趣味の先生も、とっても大事に育ててくれた。
うつ病になってからも、母も妹も娘たちも、私を見守ってくれた。
一人も、私が、邪魔だとか、いて欲しくないと言う態度を示したことが無いんですよね。
ほぼ全員が、穏やかに見守ってくれていました。
美容学校時代、中卒の子どもたちといっしょに学んだんですけど、
人生の先輩だからと、大事にしてくれました。
美容師には全く向かない美容師だったにも関わらず、
経営者も、同僚も、私を邪魔者扱いせず、見守ってくれました。
振り返ると、私は、「生まれてきてはいけない子」だった季節が無いんです。
にも、関わらず、私は、私の中に、その子を抱えてる。
改めて、不思議で・・・なぜなんでしょうね?
原因となる記憶が無い。
だから、反対に、癒す記憶も無いんです・・・
書き換える記憶が無い。
記憶の印象を変えることができれば、記憶が変わりますが、
それができない。
かえって、「生まれてきてはいけない子」をどうやって癒せば良いのだろうと・・
途方にくれる。
勝手な思い込みでしか無い、
妄想である!
と看破したとしても、「・・・・」って何かが残って、軽くなんてならない。
現に、「生まれてきてはいけない子」が、残ってる。
悲しんでる。
でも、思います。
この子がいてくれたから、頑張れたなって。
必死に生きたなって。
「生まれてきてはいけない子」を返上すべく、頑張ったって。
無理をして、癒さなくていいのかもしれない。
無理して、消そうとしなくていいのかもしれない。
一緒に生きてもいいのかもしれない。
一緒に泣き笑いしていればいいのかな・・・
せっかく58年もいっしょに生きてきたんだからね~![]()