私が、植物たちに、感じているのは、「愛そのもの」と言うこと。
私たち動物に、その身をただただ捧げることの出来る存在であると言う事。
それは、限りない愛、無条件の愛、そのもの。
そして、捧げることで、自らの繁栄も満たす、強欲な存在。
強欲で、したたかで、ずるくて、浅ましくて、
激しくて、いたずらが過ぎて、お調子者で、適当で、
わがままで、お願い上手な、
でも、同時に、
はかなくて、優しくて、賢くて、深くて、静かで、すべてを理解していて、
常に最適で、愛情深く、穏やかで、慎ましやかで、暖かで、
ひそやかで、隠し事をする、常に最善しか尽くさぬ。
植物は、生まれた瞬間からの、すべての記憶を保持しており、
人の感情も、知能も理解しており、
神の意図も、力も、歴史のすべても知っており、
自ら消え行くことも、栄えてゆくことも、理解して、受け入れている存在。
その深い洞察を、種族同士で共有していて、
違う種族とも会話していて、その空間のあらゆることを、理解している。
小さな人間の一人である私の、思いも、記憶も、理解して、
ただ受け入れ、包み込むように愛してくれ、寄り添ってくれる。
その大らかさは、大地、ガイアの恵みを受けて、存在しています。
植物は、ある意味、ガイアそのもの。ガイアの子どもたち。
私の理解している植物の姿。
私からみえる植物たち。
ただし・・・私に理解の限度があるため、まだ、この程度しか理解していないとも言える。
本当は、私の理解が及ばない姿もまだ、あるのかもしれない。
植物を理解すると言うことは、地球を理解することでもあるから。
視野の狭いわたしには、これしか理解できていないと言うのが、本当のところだろう。
まだ、底が知れないのだと思う。