自分が普通に、努力なしでできることが、
他の人ができないって分かった時、
なんで、そんなに簡単なことが出来ないの?
努力が足りないのではないの?って思ってしまうんだよね~。
自分には見えていることが、見えてない人って、
どうしても、愚かに見えるし、努力が足りないって思う。
けど、その努力なしで、身に着いた能力に、名前がついているとしたら、
その能力を持たない人がいるんだって私は考えるようにしたの。
分析力、集中力、洞察力、想像力、思考力、観察力、推理力、
力って漢字をつければ、たぶん、無限に能力の種類はあるのではないかな?
つまり、その種類の数だけ、人に能力差があるってこと。
分析が得意な人がいれば、分析が苦手って人があるってこと。
集中力がある人もいれば、無い人もいるってこと。
組み合わせも、何通りもあるでしょうね!
運動能力も同じ。感情表現も同じ。五感の能力も、
人の数だけ違いがあるんだと思う。
同じ人は一人もいない。
あなたにできて、私に出来ないことは、当然ある!
もちろん、その逆もある。
あなたにできなくて、私に出来ることがある。
頭では、わかってることよね?
でも、いざ、自分より劣る人を見たとき、
なんで?
なんで、わからないの?なんでできないの?って思ってしまう。
逆もあるよね。
なんで、あの人には出来て、私にはできないの?って思う。
でも、それが、個性なんだよね。
違いが有るから、助け合える。互いを刺激できるし、育てあえる。
出来たほうが良いって思うかもしれないけど、
出る杭は打たれる・・
無いほうが良い時だってある。
プラスばっかりじゃない。マイナスだって当然ある。
頭の悪い人は、頭の良い人の苦労がわからない。
頭の良い人は、頭の悪い人の苦労がわからない。
そういうもんでしょ。
でも、互いに、いろいろな経験を持ち寄って、わけあって、
単なる違いに過ぎないって分かったら、もっと助け合えるって思うんだな。
あなたのわかっていることを、私にわけてください。
私はそれを学んで、理解して、違う何かに変えることができるかもしれません。
あなたを楽にすることができるかもしれません。
私の分かっていることを、あなたに分け与えます。
あなたは、それを知って、豊かになることができるかもしれません。
わかっていることを、わかっていない人に与えること。
努力しないで、楽をしてるって決め付けずに・・・・
わかっていないことを、恥ずかしいと思わずに、
わかっているらしい人に、正直に聞くこと。
知りたいんだって思いを伝えること。
まだ、互いの本当の能力を知らない間は、
そうしてみないと、互いをどれだけ刺激して、成長を促せるか、
わからないと思う。
自分の基準は、自分にだけ、有効なんだってこと、忘れないでいようと思う。