★ 僕が人見知りな性格になった理由




どぉーもー、森脇カナメです。




僕、森脇カナメの物語

前回の記事はコチラね。



『僕は人見知りで、自信が無い子どもでした』






僕が生まれたのは、

福岡県北九州市の

八幡(やはた)という

工業の街。





八幡はね、明治時代、

日本で初めて

国営の製鉄所ができたことで

有名なの。




そんな古い歴史を持つ八幡。




町のどこにいても見えた

ノッポの煙突たち。



朝も夜も昼も、

白い煙をモクモクと空に向かって

吐き出していた。



僕の父親は、その八幡にある

大きな製鉄所に勤めていた。




お父さんは技術者だったんだ。





幼い僕のイメージで、

お父さんはとても怖かったな。




いつもキビシイ顔。



めったに笑わない。



神経質でうるさいコトが嫌い。



自分が気に入らないことがあると、

突然大きな声で怒り出す。




僕の兄弟は、

10歳年上の兄ちゃん、

5歳上の姉ちゃん、

そして僕の3人だった。




小さな子どもがはしゃいで、

大きな声を出したり、

騒ぐことって自然だよね。





だけど、騒がしいのがイヤなお父さんは、

それが気に障って、

スゴク大きな声で

僕たちを怒鳴った。





身体が半分に縮むほど

怖かったな。





幼い僕は正直言って、

お父さんがナゼ怒っているのか、

よくわからなかった。





油断していると、

予想しないタイミングで、

突然大きな声で

カミナリが落とされるので、



本当に心臓が止まるほど

ビックリした。




だからいつもいつも、

お父さんの怒りがバクハツするのを

警戒して、身構えていたよ。





子どもの頃の僕が住む家の中は、

こんなふうにいつも緊張の糸が

ピーンと張りつめていた。





その緊張を

もっと強くしていたことが、

あったんだ。





僕のお母さんは無口で、

自分の思っていることを

口にすることが少ない人。




お父さんは、そんなお母さんの

どこが気に食わないのか

わからないけど、



いつもお母さんのすることを


「おまえが悪い」と責めていた。





特にお酒を飲んだ時は、

赤鬼みたいな怖い顔になって、

溜め込んだ不平や不満を

お母さんにぶつけていた。



お母さんはただ黙って、

その言葉をうなだれて

じっと聞いていた。




子どもの僕は、二人の姿を

距離をとって

ただ見ていた。




お父さんが怖い。



お母さんがかわいそう。




そう思いながら、

身体とココロは、

とても緊張していた。






こうしていつの間にか、

幼い僕にとって

自分を取り巻く世界は、

危険な場所になったんだ。





この世界の僕以外の人は、

みんな危険で信用できない。




そう無意識に、

思うようになった。





この思い込みが、

だんだん僕の人見知りな性格を

作った。





「三つ子の魂百まで」と

コトワザでいうよね。




この人見知りな性格は、

大人になった後も、

僕を苦しめるようになったんだ。




この続きは、

コチラの記事に書くね。


『僕は自分の気持ちを殺して、マリオネットになった!』




では、また!




アディオス!ウインク





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