**劇薬注意**
今日の記事は、自己対話歴が長い方向けの記事になります
自分と向き合いはじめたばかりの方や
罪悪感で苦しい方が読むと
責められた感じがするかもしれません
(全く責めてないんですけどね)
そんな方はこの記事は読まずに
まずは自分をたくさん癒して泣いて
苦しかった気持ちを表に出すところから始めてくださいね
大丈夫、必ず笑える日がきますから😊
STEP.1メリットを探す
さて、前回の記事では
思い込みの外れるプロセスを
お伝えしましたが
↓まだの方はぜひ読んでみて
実はこの「手放し」のプロセスには
まだビハインドがあるのです
それは…
なぜその思い込みを持つようになったのか?
をきちんと見つめ切ること
もっと言うなら
その思い込みを持つことで
得られるメリットはなんだったのか?
をちゃんと知ること
happyちゃん曰く
「人はメリットしか取りに行かない」
その通りだと思います
要は、
どんな苦しい思い込みだとしても
背後においしいメリットがあるからこそ
わざわざ自分から抱え込みにいくんだ
と言うことです
心理学的にもこのことは立証されていて
間違ったビリーフの背後に隠れているメリットのことを
「二次利得」と言います
つまりこの
二次利得に気づくと言うプロセスを抜きにして
私、我慢してた![]()
私、自分を低く見積もってた![]()
もうこの思い込みを手放して
これからは自分を生きます!![]()
といくら声高に宣言しても
本当の意味で思い込みは外れません
なのでまた、同じ現象が必ず起こります
(もちろん意図したり宣言するのは良いことだけどね。
意図することで必要なプロセスが起こるから)
もう少し詳しく説明しましょう
なぜ「メリット(二次利得)」まで見つめ切らないと
本当の意味で手放しが起こらないのか?
それは
まだ自分以外のせいにしているからです
別の言い方をすれば
悲劇のヒロインドラマから出ていない
もっと別の言い方をすれば
ひどいことされることで
実は自分も得していることに
目を瞑っているから
です
具体例を挙げてみましょう
例えば
「〇〇さんにあんなひどいことをされた
やっぱり私は馬鹿にされる、下に見られる、価値がない存在なんだ!」
と言う思い込みを持っていたとしましょう
そしてその思い込みを強化するような出来事が
繰り返し起こっているとします
そこで「自分の価値を低く見ている」
と言う思い込みに気付けても
そこまでで終わってしまえば
〇〇さんは「ひどいことをする人」のままです
つまり
〇〇さん=ひどい人
私=かわいそうな人、いい人
という
自分にとって気持ちいい配役の
ドラマの世界に浸かったまんまなのです
痛いですか?笑 痛いですよね…
エグってますもの、私
こうやって何回も自分をエグってきました
でもこの先に本当の手放しが待ってるからしばしお付き合いください♡
さて、その先です
〇〇さんに
「ひどい人」を演じてもらうことで
自分はどんなウマ味を享受したのか?
ここさえきちんと見つめられれば
思い込みは全自動で外れます
〇〇さんにひどいことされるかわいそうな人
というポジションにいることで得られるメリット
・健気だね、いい子だね、と言われて安心する事かもしれない
・頑張ってるね、と褒められる事かもしれない
・そのぶん何かを多めに見てもらえる事かもしれない
メリットの設定は人によって違いますが
必ずなんらかのメリットがあるはずです
そしてそのメリットを突き詰めていくと、実は
「お母さん」からもらいたかった言葉や態度にたどり着くのですが、
それはまた別の機会に
とにかく
自分が設定したメリットと
そのために創り上げたドラマのカラクリを
本当の意味で理解すると
もうただ笑けてきます![]()
他人を「ひどい人」に仕立て上げてまで
自分をいい人だと証明したかった
そんな自分の図太さに笑えるのです
(全然健気ちゃうやん笑 むしろ〇〇さんお気の毒やんって笑笑)
そして綺麗事ではない本当の意味で
相手に感謝の念がが湧いてきます
だって、全ては自分が創り上げ
配役し、演出した舞台なのだから
ひどいことをさせたのは
私自身だったのだから
ここまでくるともう
自分が作り出したドラマに
酔っ払うスキはありません
今まで握りしめていた思い込みも
意味不明の狂った世界観としか
感じられなくなっているはずです
(そう思えないとしたら、まだ別の思い込みが眠っている可能性があります)
つまりですね
思い込みを手放す、とは
自分で創り上げた
狂ったドラマから抜け出して
完全に醒めた意識になることだと私は思います
そしてそこは
NOジャッジ
NO罪悪感
NO自己陶酔
NO承認欲求
の世界
「目が醒める」ってまさにこのことなのだと思います
STEP.2背景にある価値観に気づく
でも
ここで終わりではありません
ここまできたなら
あともう一歩踏み込んでみましょう
STEP2 それをメリットだと思い込んだ自分の価値観に気づく
です![]()
今回の私の思い込みで説明しましょう
私の持っていた【思い込み】は
私といると、大切なひとが不幸になる。病気になる。
だから私なんていない方がいい
生まれてきてごめんなさい![]()
でした
そして【この思い込みの持つメリット】は
病気の家族を支えながら、健気に頑張ってる私
と言うドラマに酔える
病人を世話する人
と言うマウントポジションを無意識に取れる
さらに私の場合
「親に捨てられた」と言う生育歴もプラス加点で
複雑な家庭なのにグレずに真っ直ぐ育って
病気の家族を支えて
立派に家庭まで持ってえらいね
なんてところまでドラマを肥大化させてました![]()
気分は完全にエルサ
さあ、こんな世界観をオイシイと感じる
私の【価値観】とはなんだったかと言うと・・・
超エリート一家の子が
当たり前にエリート街道爆走するより
逆境だらけの雑草くんが
トップにのし上がる方が価値がある!
向かい風の中、
血まみれで疾走する俺、最強✨
です![]()
一番のキーワードはおそらく
「強さ」でした
(ここにはまた家族のいろんなキャラクターが影響してるのですが割愛)
自分の強さを証明するために
逆境を自分で仕込み
周りの人を「弱い」人に仕立て上げる
なんてゲスいんだw
でもね、ここでさらに
自分に問いかけるのです
問1:なぜ、強くなくちゃいけないの?
問2:強さの定義とは?
長くなるのでここから先は割愛しますが
こうやって自己対話を続けていくと
最後には
フルっフルでやわやわな、
可愛いぃ本音が飛び出てきたりします
結局は全て
自分の中の愛💖にたどり着くための
一大エンタテイメントゲームですから✨
今回のこの自己対話の最後に
私が私に掛けた言葉を書いて
今回の長い長い記事は終了にしたいと思います
最後まで読んでくださってありがとうございました✨
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強くなくていいよ
強くなくて大丈夫
弱いあなたでも大好きだよ
そして
私が弱いと決めつけたあの人たちは
本当に弱かったのかな?
自分の人生を選べない弱者だったのかな?
いや
違うのかもしれない
むしろ逆だ
病気になっても
心に傷を抱えても
にっちもさっちも行かない状況でも
結局好きなことしてる
実はとてもしたたかで強い人
とも言えるのではないかな?
私が弱いと思い込んでいた祖母も
実は強い人だった
思い切り自分を生きてた
他の人だってきっとそうなんだ
全存在を愛する神の視点でみたら
強さ、弱さ、なんてマボロシで
実は色彩のようなグラデーションの違いでしかないのかも
北風と太陽のような
目標達成法の違いでしかないのかもしれない
それぞれのしたたかさ、巧みさ、しなやかさ
それは人の持つ個性
デコボコ
その全てが愛しい


