私は、母親の顔を知りません
物心ついたときには
祖父母に育てられていました
祖父は小さな医院を開業していて
地元の人の信頼も厚い
町の名士でした
人格者とも言われていて
私もそんな祖父が大好きだった
祖母は、
神戸のお嬢様でした
祖父と結婚して関東へ
大正生まれにしては背が高く(165センチ)、
デザイナーの服をカッコよく着こなし
雑誌ミセスなどで読者モデルっぽいことをしたりしてました
また無類の海外旅行好きで
私が幼い頃も
一人で頻繁に海外に行ってた
アメリカ
フランス
メキシコ
ロシア(当時はソ連)
カナダ
あげたらキリがない
全部現地ガイドつきで
悠々自適なセレブ旅
趣味は花道とお謡
カッコいい
これだけ読むとめちゃカッコいい
でも私は、なぜか祖母があまり好きではなかった
いっつもこわい顔してるし
ちょっとしたことですぐヒステリー起こすし
金遣い荒いし
自分が話題の中心じゃないと怒る
家事はお手伝いさんに任せっぱなしのくせに、罪悪感から言い訳ばっかりするし
私のこと一度も抱っこしてくれなかった
抱っこはいつも、おじいちゃんの担当
お風呂も一度も一緒に入ってくれなかった
小さい頃、おばあちゃんに服のチャックを締めてもらったら、首の肉が挟まって痛くて泣いた。そしたら、烈火のごとく怒られた。痛くて泣いただけなのに。意味がわからなかった。
カレーのお皿受け取ろうとして落としたときも、ものすごい剣幕で怒られた。手を滑らせたのはおばあちゃんなのに。
おじいちゃんにもよくキーキー怒ってた
すごく怖かった
思春期になると
そんなばあちゃんを心の中でバカにするようになった
私はあんな感情的な人にはならない
頭が悪いからあんなにキーキーするんだ
80過ぎてボケて、
毒が抜けたかのように
少女に戻ってしまったばあちゃん
同居したけど、一年で介護を放棄した
無理だった
虐待5秒前だった
あんなに怖かったのに
あんなに厳しかったのに
なんでこんな無垢な少女みたいになっちゃったの?
なんでそんなに全力で依存するの?
なんで思い切り体重を預けてくるの?
支えられないよ
そんな力も愛も湧いてこないよ
許せないよ
受け入れられないよ
ばあちゃんを施設に入れて
やっと心が落ち着きました
ばあちゃんを、親のような気持ちで見守れるようになった
施設入居6年目に、
おばあちゃんは亡くなった
長くなったので次回へ続く
