ここ1ヶ月ほど精神的ひきこもりでしたw

シグナルは決まっていて

・blogが書けなくなる
・人のblogが読めなくなる
・Facebookが見れなくなる
・人のことがやたら羨ましくなる
・どうせ自分なんて、が始まる

の順番でひきこもり度がアップしていきます(笑)

しかし今回は長かった。ほぼ1ヶ月。

結局私は何をしたかったのかと言うと
「寂しさ」を感じたかったんだと思う。

だから、常になんとなく寂しいし、
寂しさを感じさせる出来事が次々起こる。

一つ一つはくだらないけど、
その一つ一つにいちいち
「寂しいよう」とメソメソしました(笑)

楽しみにしてた飲み会に行けなくなる、とか。
息子がキャンプに行っちゃうとか。
たまたま自分だけ知らない話があったとか。

最終的には、
事件が起こらなくても、
以前、友達に言われた一言を思い出して
勝手にもう一回傷ついてみたり(笑)

もうね、心が「寂しい」と感じる出来事を
貪欲に探し回ってる感じ。
精神的当たり屋(笑)

これは、「寂しい」を感じきれってことだなぁ、
と思ったのでそのまま味わうように努めました。

そうすると出てきたのは
毎度お馴染みの

「どうせ私なんて」

スネスネモードの
不機嫌ちゃんの登場です。

こいつが出てきたらもう終盤です。

あとは、そんな不機嫌スネスネちゃんとじっくり話し合っていきました。

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「どうせ私なんてさ」

どうせ私なんて何?

「どうせ、みんな私のこと捨てるじゃん」

捨てられたように感じて寂しいんだ?

「そうだよ!
   みんな私のこと捨てるくせに!
   楽しそうにしちゃってさ」

楽しそうにしてるのが嫌なの?

「当たり前でしょ!
   私だけいつも仲間外れ。おいてきぼり。
   私をこんな目に遇わせたんだから
   みんなももっと辛くならなきゃズルいよ!」

なんだか乱暴な言い分だけど(笑)
そんなふうに
「寂しい思いをさせたんだから償え!」
と思うくらい

寂しかったんだね、
辛かったんだね、
我慢して来たんだね。

偉かったね。
もう我慢しなくていいよ。
寂しかったら
悲しかったら
我慢しないで泣いていいんだよ。

何度か突っぱねられたけど、
辛抱強くそう言葉をかけると
私の中の寂しい不機嫌ちゃんの
肩の力がフッと緩んで
涙が流れ出しました。

それでも最初は
喉に何か詰まっている感じで
おもいっきり泣きたい!という衝動とはウラハラに
なかなかスッキリ泣けず。

グズグス、メソメソアイドリング状態。

すると業を煮やした(?)一歳の娘が
突如ぐずりだして
徐々に泣き方がヒートアップ。
「こうやって泣くのよ!」
とばかりの大号泣で、
私の最後の蓋を取り去ってくれました。

そこからは私も
寂しい気持ちを吐き出すように
おもいっきりエーンエーンと泣いて。

逆に娘はいつの間にか泣き止んで(笑)
泣き続ける私のそばで、
私の頭をナデナデし続けてくれました。

息子は「寂しいね」と言って
そっと寄り添ってくれて。
私の涙が止まるまで
静かに見守っていてくれたのでした。

ひとしきり泣いて
徐々に落ち着いてきて、
フーッと深呼吸をした瞬間
長ーいトンネルを抜けたのが分かりました。

寂しさはなくなっているし
喉の痛みも消えた。
便秘も治った!(笑)

一つ何かを出しきった安堵感だけが残りました。

今回のこと、
理屈で考えてみれば、

母に捨てられたとき
体に刻まれた悲しみや孤独感に、
長年蓋をしてきてしまったため
今でも傷が疼き
出口を求めて感情が爆発した。

ってなことになるんだと思います。

でも、そんなことはどうでも良くて
今そこにある感情を(1ヶ月かかったけど)
きちんと感じきれたこと。
外に出せたこと。

そこに、自分で○をあげたいなーと思いました。

過去の心の傷なんて
一回で癒されるわけないし
これからもまた何度もぶり返すんだろうけど、
それも本当の自分に帰るために
全て必要なことだから。

そう分かった上で
毎回こうやって癒して
乗り越えて
あたたかいものに変えていけばいい。

そう思いました。