倭健命は、古代の第一御子で景行天皇の代わり朱雀院です。

朱雀院は出羽三山に山と湖を守る三神として崇められており古代は倭健命の原型と言われています。


第12代景行天皇の御子で第14代仲哀天皇の親


古事記、日本書紀に、出てくる伝説の英雄で妾に弟橘
有名人が勢揃いします
ラストは熊襲退治に成功しますが
父親に裏切られ
白鳥に、なり
生まれ故郷の稲田に戻るという話しです。

熊襲は、古代天皇家の祖縁の血族を衞るため作られた架空敵ではないかという説もありますが
倭健命が凱旋帰国した時に大嵐が来て船が転覆しそうになり2000オーバーの姫君を捨てれば凪ぐとの神託の通り
海は凪ぎ
海難事故の神様となって崇められ
日本は海難事故に篤く
事故防止の神社が
倭健命の始まりだったのではないかと言われています。

悲恋あり戦乱ありと
日本人の旅情に合い
倭健命伝説ができたのではないかと言われています。
倭健命伝説のある所必ず雪が降るとも言われており
雪伝説、宮沢賢治、倭健命伝承

白い雪の結晶のような綺麗な悲しい風土記が残っております

雪法話


鶴と亀が滑った、あの世の亀も滑った、この世の鶴も滑った

後の正面誰あれ、後の、景行誰あれ、鸛(こうのとり)の後誰あれ、倭健命

石灯籠の碑はいつ灯るの?黄泉


小住(おずみ)言葉として、宮中に残っております


倭健命は出羽三山信仰の原型で天皇法王院の三神一体を現しています。


鶴と亀が滑った、

後の倭健命は誰あれ

という童しべ唄があり

戦前にあり

その後、「何れ出羽三山の、神様に詣でて下さいね」というお察しがあり

学校が一時休校になり

天候も、怪しくなり


これは皇族方のお間違いを正す時に、使われる囃子唄で休校後各、先生方による訪貴があり

皇族方が民間の学校ち適応しているか調査し国民会議に持ち越され結論は各宮家に委ねられます。


法王引退の時に行なわれる行事で現代も最近復興しています。

各宮家偉中



鶴 鶴 鶴