正岡子規


柿食えば鐘がなるなる法隆寺

6月は奇麗な風の吹くことよ

糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな

心良き青葉の風や旅姿

松山や秋より高き天守閣


赤とんぼ筑波に雲のなかりけり



高浜虚子


遠山に日の当たりたる枯野かな

道の辺に、阿波の遍路の墓哀れ

流れ行く大根の、葉の早さかな

流れの棲家池の鯉露知らず

流れの棲家池の鯉雪棲家

闇早く時を流るる霜月喪

闇遠く霜柱君の喪に臥す

闇遠く君の喪に十三夜伏す

君の喪に十三夜伏す君の香

君の香彩の影たる十三夜

君の香月影翳る君の眉

君の香炊きて踊る喪の萩月

君の香闇夜に、噎(む)せる十三夜

君の声闇夜に聞きぬ萩月や

萩月に君祝う酒喪は暮れて

萩月は君隠す香喪は更けて

鳩飛ぶ快晴鰯雲喰う陽は


興梠は鳴く月は照る草の石


雨土纏う露草の枯る悲し(まと)


露落つる大地を歩く亜子笑顔


露化粧する山の尾根碧く澄む


露落つる雨戸を閉むる母手皺





白鳩は哀しからずや紅葉踏む

白鳩は飛び立つ紅葉音立てて

白鳩は掻き分け優る紅葉かな

白鳩は飛び立つ寺の銀杏嵐


水音を立てて流るる銀杏橋

水音の流る白樺白雪や

水音の悲しき欅赤を落つ

渓流の水音走る紅葉かな

水音の絶ゆまぬ砂地鸛(こうのとり)

水音を絶えて芽を出す稲穂田


毘沙門天笑わず寺紅葉吹く

毘沙門天空快晴寺の秋


河豚刺しの薄き赤みに襖風

心太戦ぐ風障子影空く

馬早く走馬灯草原の雪

井守出る障子の、影の床軋む

鳩が飛ぶ浅草寺紅葉狩る

鳩戯るは大洗春飛沫



蛙鳴く河沼の石灯籠燈

鷺立つ浜の赤紅葉波に揺る


蛙鳴く備前堀風涼し田田

常勝寺祖父墓参り紅葉積む


浄光寺銀杏落つる寺の風






山頭火…自由律俳句、詩人、早稲田大卒

咳をしても独り

分け入っても分け入っても青い山

温かい白い飯が在る

二百十日の山草を刈る

洗えば大根いよいよ白し

あの雲が落とした雨に濡れている

生死のなかの雪降りしきる

春風のどこでも死ねるからだで歩く

鴉鳴いて私も、独り

うどん供えて母上さま私も戴きまする

落ち着いて死ねそうな草燃ゆる

落ちそうな岩山に風

鉄鉢(はち)の中にも霰

濁れる水流れつつ澄む

死にそうな興梠と寝ていたよ

飛蝗が飛んで寝息は枯れた

飛蝗が跳ねて夜風に十三夜


酔うて興梠と寝ていたよ

ほろほろと滅びゆく私の秋

ほろほろと滅びゆく興梠灯

ほろほろと滅びゆく柏灯籠

ほろほろと滅びゆく山鬘秋



転んで滑って山は閑か

山へ空へ摩訶般若波羅蜜多経

故郷はあの山の雪の輝き

故郷はあの河の埠頭の秋刀魚

故郷は川の流れの笹の流れ雪


まだ見ぬ山が遠ざかる


飯田蛇笏


地に近く咲きて芙蓉の花落ちて

燕の糞鎹(かすがい)にして子育つ

山椒魚の髭の碧さよ虹

酔芙蓉楊貴妃の如空に虹

菊人形身繕いを雨頻る

菊人形おめかしの空白粉

菊人形は振り出しは空き鬘(かずら)

菊人形は菊纏う菊曇る

菊人形は白粉もせず枯れる

菊人形は雨雫雨宿る

菊人形は食べて煮て話す祖父

菊人形は歩く晴れ天の夢

菊人形は黄色染む亜子帰る

菊人形は天の雨染む八重歯

菊人形軽く噛む君譏る(そし)は

菊人形空に散る快晴の夜

菊人形歩いて話して涙



酔芙蓉食べて喰って寝て

妹の墓酔芙蓉咲く雨頻(しき)る


木枯らしに乱る我と犬の糞



猫の泣く寺竈秋の七草

猫陰囊竈火起こす朝焚きは

猫陰囊朝焚火魚売る人

猫陰囊舞妓の袖の襟寂し

猫陰囊路肩筆打つ露天売り

猫陰囊風戦ぐ寺仁王堂

猫じゃらしランランと積む蜂の音

猫じゃらし海岸の袖岸に打つ


猫の泣く寺の門跡赤楓

猫の往ぬ廊下に楓影戦ぐ


犬の寝る昼下り阿弥陀堂雪

犬吠える海岸の祠雪積む

海岸の祠の紅葉犬吠ゆる

海岸の鰊喰う人犬欠伸



阿弥陀堂雪降り積むや烏泣く

阿弥陀堂犬の足跡雪地蔵

阿弥陀堂紅葉狩り寺の坊さん

阿弥陀堂紅葉踏みしむ修行僧

阿弥陀堂紅葉舞い散る寺掃除

阿弥陀堂紅葉狩る人大箒

阿弥陀堂波打ち際の白鷺や

阿弥陀堂雉鳴くや山の旅人

阿弥陀堂南無阿弥陀仏法師行く

阿弥陀堂紅葉狩る山烏

阿弥陀堂白波揺らす紅葉かな




水原秋桜子


冬菊の纏(まと)うはおのが光なり


故郷はあの海の水の輝き筑波降ろしは東風に晒さる


尾崎放哉…自由律俳句詩人、東大卒

入れ物が無い両手で受ける

墓の裏へ廻る

口開けぬ蜆死んでいる

墓から戻って来ても独り

考え事をしている田螺(たにし)が歩いている

我が身体焚き木に裏表炙る

小さい島に住む島の雪

仏に暇を貰って洗濯をしている

流るる風に押され海に出る


欅に烏が休んでいる皐月

流るる風早し凧あぐる

流るる風戦ぎ君去ぬ東風風


寺は空小さく碧く刈り葦火

喪に老けて喪に更けて晴る葦火かな


喪に暮れて喪に空きて絶秋の蝶

喪に病んで喪に生きて霜の月病む

喪に生きて喪に朽ちて晩秋の闇

闇歩き死者の風音霜の月

霜の月果つ風音に死者忍ぶ

十三夜月の影知る死者送る

十三夜死者を忍びて酒を待つ

十五夜に振るう酒汲む空御猪口(からおちょこ)

乱れし足に薺踏む楚々笑う

喪に朽ちて病んであの夜の古う酒

古う酒朽ちて闇夜の辛風や

闇夜に朽ちて白骨の君抱く

白骨になりし君サラサラと霜

君抱き青黒く苔生える雪


菊酒を交わす白き手君は、居す

月影を菊酒映す喪は萎えて

菊酒は交わす手無きて墓参り

菊酒を厭う君月に舞う闇

菊酒を月の萎えたる君の袖

菊酒を欲して犬の遠吠え闇

菊酒盛り過ぎて寺参り井戸へ

菊酒汲む白月闇深く烏

菊酒月影遠く君の喪屋敷

菊杯へ菊酒に盛るや祖父の声

菊酒月菊の散る寺池の鯉

菊酒月、菊散る寺の菊の嵐

菊酒月菊の嵐呼ぶ菊の舞い

菊酒は天の河呼ぶ墓嵐し

菊酒や天の川捨つ喪の闇は

菊酒は天に流して君は居ず

菊酒は天に流して菊舞妓

菊酒は天を染めてて寺の鶏

菊酒を欲して泣く阿子9人

菊酒を積んで舞う菊舞妓

菊舞妓菊酒欲す白き鳩

菊酒を買ってくれろと泣く阿子は

菊酒や涙目に染み入る喪喪喪

菊酒を涙月交わす人出なし

菊酒を粛々と泣く喪は暮れて

菊酒は菊杯煽る君逝きて
















水原秋桜子さん