蕗の薹が生い茂るせせらぎに、春がきている、近くのお堂に、兵役を遺棄したていって、若い貴族の兵隊さんが、幽閉されている。ときどき、若い萩の簪を、島田結にあげた女の人が、膳を運んでいる。桜が芽吹いてきたね、なんとはなしに、霧の手ぬぐいを額に拭って尋ねる。

「おおぅ」野太い声で、男はちょっと顔を出す。手が少しない。男は不器用に、膳を運ぶと漆塗りの箸を口に挟んで、ニギニギと何かしらの呪文を唱えて食べ始める。



「最近は、夜が冷えるで、お越しを一つ頼む、あと布団、」笑いながら、女は、「若いね」といって、瓢箪に川の水を汲みに行く。


「ふうっっっ」体格のいい背中を、障子にみせて、習字の手習いで、文をかく。「これ、姉にたのむよ」


もう、敗戦はすんだのでしょうか。B29は信州にはきませんでした。私のアシはいつ戻るのでしょうか?


貴族の間では、敗戦は常識で、一族に3人堂籠りをだせば、財産は、アメリカ式で残せるよ、という長からの弁明で、何人かが堂に籠もった。

男は大粒の涙をながし、ちんちんと鼻をかんだ。


にわか雨が降ってきた。花さく前の桜にかかり、しろく弾いていった。


「通り雨だね」女は、川から戻ると、籠を背負って、「今度は若い越をもってくるよ」とにやにやしながら、山を降りていった。通り道には、白い梅が、白く芳しい香りを山々に放ち、青空は遠くどこまでも、青かった。