小春日和の雑草が茂る我が家の庭で
その猫は眠るように旅立った
子猫の時は毎日のように
少し大きくなってからは
天気の良い昼下がりに現れた。
枯れた草の上がお気に入りで、
こちらに顔を向けながらも、
猫らしく凛とした姿勢を崩すことはなく
堂々と我が家の庭の陽だまりを独占し続けた。
少し、見ない日が続いたろうか?
ある朝、シャッターを開けると
猫は穏やかな顔で
いつもの陽だまりの中〜眠っていた。
と、その時は思ったのだ。
昼近くになっても起きてこないので
近づいてみると、
もう息はしていなかった。
でも、やはり穏やかな顔をしていた。
『苦しまずに逝ったのかな』と胸の奥がジンと痛んだ。
ちょうどパトロールで通りがかったお巡りさん👮に猫を引き取ってもらった(こういう場合は警察に連絡をとある)
猫好きのお巡りさんなのか、
丁寧に亡骸を包み〜抱き上げて
『穏やかな顔してるね。
安心してこの場所で逝ったんだ』
『良く来てました。
うちは飼えないので、
餌はあげられなかったんですけど』…というと
『大好きな場所だったんだね。
最後に頑張ってここまで来なのかな』
そう言ってくれたお巡りさん。
私は“もなか”のことを思い出していた。
三十年前〜人生でただ一度飼っていた猫の“もなか”
生後7日で私の元に来て、
三年だけ一緒に暮らした。
母の最期を一緒に暮らし看取るため、アパートを引っ越すことになり、もなかを連れて行くため試行錯誤している頃…
ある日突然、もなかはいなくなった。
昼間は隣りのお部屋に遊びに行くことも多く
それでも夕方には戻っていたのに。
いなくなった朝、いつまでも
ベットの中で私にしがみついていたもなか。
玄関先の私の靴の中に座って
寂しがってたもなか。
この日を境にもなかは居なくなった。
それでも………
もなかは何度かアパートの入り口で私を待っていた。
抱えて部屋に連れて行こうとした私を
ドンと踏ん張り拒否したもなか。
でもあげたご飯だけは
おいしそうに食べてくれた。
そんなことが4、5回あって
それから〜もう姿を見せなくなった。
🎀………………………🎀
『お別れに来てくれたんだね』
と誰かが言ってくれた。
『猫は大好きな人に最後の姿見せないんだってよ』とも…。
私のこと大嫌いでもいいから
もう一度会いたかった。
誰かの大好きな猫〜だったかもしれない子は
我が家のお庭から天国へ旅立った。
大好きな人に最期を見せぬように…
それは本当なのだろうか。
私にはわからない。
でも
あの時“もなか”にしてあげられなかった
ささやかな《看取り》を
誰かの大切な猫ちゃんにしてあげられたようで
少し嬉しくなった。
もしかして
一匹狼の(猫なのに)猫ちゃんだったとしても…
ここを最期の場所に選んでくれてありがとね🐈
大好きになってくれてありがとう🎗️
お名前は
付けてあげられなかったけど…🎀