「お母さんが私に遺してくれたもの」

 

大学4年生の娘に、ある自治体から講演の依頼があった。

演題は「お母さんが私に遺してくれたもの」(仮題)。

娘はその準備のため、就職活動の傍ら、僕たち家族の本『はなちゃんのみそ汁』(文藝春秋)を読み返している。その本を出版した時期は2012年2月。今、娘はいつでも本を手に取れるようベッドの枕元に置いているが、全ページを読んでしまうまでには、多くの時間が必要だった。

 

11年前、ある休日の午後だった。車を運転中、後部座席に置いていた本を手にする娘の姿が運転席のミラーに映った。

 

出版からすでに1年半が経っていた。

ようやく、娘が本を読む気になってくれた。

僕の心境は、喜びと不安が半々だった。

 

「おもしろい。ママって、笑えるね」

娘の明るい声に少し安心した。

30分ほどすると、静かになった。

車を止め、後ろを振り返ると、娘は本を読みながら泣いていた。

 

生き続けることを切望した母親の気持ちを初めて知ったのだろう。娘が開いていたページには、妻が亡くなる5カ月前、自身のブログに綴った一節が記されていた。

 

本当に、命がけで産んでよかったとあらためて感じております。

今は、私が、ムスメから寿命を延ばしてもらっています。

 

ムスメの卒園式まで。

ムスメの卒業式まで。

ムスメの成人式まで。

ムスメの結婚式まで。

ムスメのこどもが産まれてくるまで。

 

できる限り延ばしたいものです。

 

その一節はこちらの動画でも紹介(7分30秒あたり)↓

 

 

車中で本を読む娘(2013年9月21日)

 

 

命がけで娘を産んで愛して、短命で死んでいった自分の母親のリアルな物語。小学5年生の娘には、まだ酷だったのかもしれない。