妻とソヨンさんのつながり
僕と千恵がカナダに1カ月ほど滞在した際、現地でお世話になった女性がいる。
韓国人のソヨンさん。
昨日、観光で福岡を訪れた彼女と食事をした。
千恵が亡くなった翌年2月に会って以来だから、14年ぶりになる。
食事中、娘は千恵とソヨンさんのつながりを強く感じたのだろうか。
積極的にソヨンさんに語りかけていた。
大学で何を学んでいるか。語学のこと。旅行先の出来事や趣味のダンスなど。
娘が最後にソヨンさんに会ったのは5歳のころ。
当時のことは、まったく覚えてないという。
あまり面識がない人と、そんなふうに前のめりになって会話を楽しむ娘の姿を見たことがなかった。
宿泊先のホテルに到着すると、別れ際、ソヨンさんが娘に優しくハグをした。
ふと思い出した。
そういえば、カナダでも千恵とソヨンさんは何度も抱き合っていた。
闘病中の千恵が、いつも友人にハグをしていたのは、ソヨンさんから受け継いだ行動だったのだ。
ソヨンさん(左)と娘(中央)
以下、「はなちゃんのみそ汁」(文春文庫)より抜粋。
ソヨンは20代のころ、肝がんを患った。手術後の治療のため、代替療法の考えが地域に浸透しているカナダ・バンクーバーに移り住み、地元の男性と結婚。自然食やヨガなどを中心とする治療で、肝がんを克服しつつあった。
千恵とソヨンは古くからの友人のように親しく話した。ソヨンは自身の経験を基に、がん患者が病とどう向き合い、どのように暮らすべきかを説明してくれた。
食事、オーガニック、運動、生活習慣、心の持ち方など・・・。
千恵の目は輝き、日本にいたときとは別人のように活動的になった。
ソヨンも音楽が大好きで、2人はクラシックを聴き、オペラや映画を見て、スタンレーパークを散歩した。冗談を言いながら笑い転げた。
希望を与えてくれるのは、有名な医者でも抗がん剤でもなかった。がん患者にとって、がんから生還した人と出会うことが、どれだけ生きる力になるのかがよく分かった。
〜中略〜
帰国した僕たちは、ありのままの今を受け止めることの大切さを感じ始めていた。
「生きてさえいれば、きっといいことはあるよね」
子どものいない人生も、千恵と2人なら、楽しむことができる。がんが再発しないことを祈り、とにかく、ともに健康でいたい。
僕の職場復帰準備が整いつつあったある日、千恵から信じられない報告があった。
「おなかにいるみたい」
2006年6月22日朝、千恵が妊娠していることが分かった。
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