1964年開催の東京オリンピックの表と裏を描く壮大なお話です。
身代金という表題ですが、人質は、”オリンピックの開催”。
広義のミステリで犯罪小説ということになるでしょう。
犯人探しではなく、犯人の島崎国男は最初から登場します。警察側の主人公は、捜査一課の落合昌夫。それと国男の出身大学である東京大学で同期でTV局勤務で警視庁の父を持ちます。
この主に3人の視点で物語は交雑しながら進んでいきます。
ミステリ的に面白いのは、時系列に記述されておらず、時間が前後します。あるエピソードの伏線が実はこういうことだったのかというものもあり、とにかく一字一句読み飛ばせない楽しさもあります。
本筋としては、国男視点では、オリンピック開催阻止を目論むまでの心情の変化が綴られ、否が応でも感情移入してしまいます。
また、警察側の昌夫の方も新居に移ったばかりなのにずっと家に帰れずに、なんとか国男を捕まえて家庭に戻りたいという心情もまた理解できます。
ある意味どっちも応援したくなってしまうわけで、オリンピック競技のライバル同士のような緊張感さえあります。
ただ、ここで描かれているのは、当時、アジアで最初のオリンピックが開催されるということで、世界に日本が認められるかどうかという空気感が半端なく伝わってきます。またその中で地方格差が著しく、国男の出身地の秋田では、東京の発展は別の国のように取り残されており、また労働者も資本主義社会であるがゆえに、使う側と末端の使われる側での隔たりがすさまじく、令和の今のよりも遥かな格差が生まれており、人を人とは思わないような使い捨ての日雇い労働者の憤りは、切実なものを感じました。
国男は、兄の死をきっかけに、東大大学院の学生でありながら、底辺の労働をするうちにこの格差に気づき、表向きだけを取り繕う東京オリンピックの開催に対して、一矢報いたいと思い立ちます。
秋田への急行列車で知り合ったスリ師の村田や裏社会の人たちとやりあったりしながら脅迫を実行していきますが、次第に追い詰められていきます。
同じく奥田さんの先日読了した「ナオミとカナコ」と同様にドキドキ感が止まらず、上下巻800ページ超でしたが、先が気になってあっという間に読了してしまいました。「ナオミとカナコ」も犯罪者側を応援してしまいましたが、本作も国男がどこまでやってくれるかというかということが楽しみでした。
ネタバレ気味になりますが、本書の解説で言及されている通り、オリンピックは無事に開催されるので、国男の試みは失敗するわけです。
しかし、「一矢報いる」という本来の意味の通り、到底太刀打ちできない国家に対して、これだけ奮闘したというところが読みどころでしょう。
当時の描写として、ビートルズの流行(日本では、流行前夜でしょうね)、東海道新幹線と東京モノレールの開通、首都高の整備、金銭感覚(円の価値は大雑把に今の1/10程度でしょうか・・・)、警察も現場もタバコだらけ、BG(今のOLのこと)、新婚旅行は伊豆(身代金受け渡しの重量な伏線)等々、私が生まれる少し前の出来事ですが、臨場感を持って読みました。
また、鉄道ファンとしてもかなり正確に描写されており感服しました。
・秋田行の夜行急行「第2おが」
当時は、「おが〇号」とは言わず「第〇おが」等と呼んでおり、10系客車と思われる寝台車と旧型客車の座席車連結という当時の夜行急行の典型です。
・上野駅
上野東京ラインが開通してから、上野駅は北の玄関口という風格は薄れてきていますが、当時発着の東北、上越、信越方面の列車はすべて上野駅始発でした。さらに現在の上野駅11番線は、常磐線用の2階ホームで1964年よりも後にできているため、本書での11番線は地平ホームでした。こういった正確性も素晴らしいです(笑)。
・新幹線開通前の東京駅の新婚旅行
準急の修善寺行「いでゆ」が登場します。これてっきり80系電車と思って調べたら、なんと157系らしいです。8千万円の受け渡し場所の1等車(今のグリーン車)は3号車なので、これも正確ですね!
また反対側ホームには、大阪行の特急が停車しているという新幹線開通前の東京駅が描かれています。
・都電
当時は、まだまだ都電が縦横にあったのでしょう。今でこそ、1路線のみになってしまいましたが、現在の地下鉄のように庶民の足なのでしょうね。
話は、本筋に戻ります。
最初にオリンピック開催に沸く、日本というか東京の描写が描かれています。
私は、子供のころ実家の千葉から札幌オリンピックをTVで観たことが、記憶に残っています。
札幌に移住し、当時を覚えている同僚と話した時に、札幌の高揚感は、すごかったということはよく耳にします。そしてそのころの札幌が一番輝いていたということも。。。
そして、無事にオリンピックが開催されたところで、なにごともなかったように物語は静かに終わります。
同じ高揚感を描かれているのに、最初と最後で印象が180度変わっていることに気づきました。
こういった高度成長期を経験し、今の日本があるのだと思いました。

