こういう、被害にあわない限りどうしても、危機感を持つことはないのか、
『人が家に上がっている』と言って、それを肯定してみるも、
『だからそれで何があったの?』と、返ってくる。
家にあがった証拠は、あるにも拘らず、それを無理やり
自然現象と思い込みたいのか、『きっと~なんだよ』とする。
細かく事情を見てみなければ、それで一応納得できそうな内容だけれど、
被害者にとってはそうも行かない。
交番に相談するも、たくさんの工作員に囲まれた状態で
『そんなことありえないから』『平気だから』と言う。
(だって、ナナコの周りにはたくさんの工作員が、通行人を装って付きまとっているの。
そこにお巡りさんがやってくるとしたなら、お巡りさんもその人たちの中に身を置くってこと)
家でもそうだ。
何度言っても変わらない。終いには、
『ひとがあがったっていいじゃない!!けちけちしなくっても』って言い出す。
そうやって、工作員がいつでもあがってもいいように、鍵などかけ忘れていく。
(これで何かあったなら、警告を発した家族が責められるに違いないのだけれど)
平和ボケ、危機感がない。
国を失うとはいかなることを意味するのか、考えも及ばない。
(国がなくなったら、世界各国飛びまわって暮らすの。などと言い出す)
電車などに乗っていれば当然、何十パーセントかは、『創価工作員』が付きまとっている。
付きまとっていると言うことは、一緒に乗っているということ。こんなことは想像もつかないらしい。
日本でと訴えているのに、『自分が乗る電車と自分が乗る時間には、けしてあり得ない。』
『まるで、どこかにある星のどこかの国の出来事を聞いているかのごとく』
な考えに至っている。『わかっている』というのに、『分かっていない』のだ。
もちろん、ナナコのいる場所から離れればそれほどの人数いないはずと思うこともあるだろう。
でもね~、あの人たち、『電話待ちしているのよ?』わかるかなぁ?
その電話って、店主にもかかってくるの、わかるかなぁ?
そうやって、そちらに、『リストに載っているターゲットがやってきたらしい』と、連絡が入れば、
そいつに嫌がらせ開始するの。
ある保守の動画で『日本人は一度そういう目にあわないと分からない』みたいなことを
話していたけれど、そうなのかな?このまま食い止めたいと言ったナナコの思いとは
相反して現実は、本当の不幸はいかなるものかを思い知る方向へと向かっていかざるを得ないのかしら?
ナナコね、めったに話せる内容でないと思うから、言うのを躊躇していたのだけれど、
いっても結局、『まあ、怖い』で終わる程度なのね。それくらいの認識なわけ。
『まあ、怖い』に続く思いは、『自分の身に現在何も起きてない、良かったわ』なんだと思うんだけれど。
自分の身に起きていることを他人事に捉え、
懸命に訴えている人間を邪険にし、怒り、
終いにことが起こると、訴えていた人間の
せいにし始める。『あんたのせいだ』と言う。
ナナコは、「あんたが、『民主党はダメ』って言う話をしたから、選挙に行かなかったのよ!あんたのせいだ。」
っていわれました。