あると思うの。
考え方もすこーし変化していくと思うの。
時々考えるの、この人たち、被害者が死んだ日の夕食のメニューは何だろう?
何処でなにをして何を考えるんだろう?
無論、殺害される被害者のことなんてこれっぽっちも、思い出さないだろうな・・・。
自殺するなんて余程のことだと思うの。
自分のこれからの可能性を自らの力でたつのよ、よほどのこと。
なのに、それを見て喜んで、嫌がらせを加速する工作員。
人間の心理って・・・人間ってさ、そんなものなの?
どんなに明るい事を考えても、それを工作員に見てしまうんだよね、ナナコは。
人の不幸は…蜜の味。
ひねて考えるのもまた、不幸の一つで、そこまで引き摺り落として、安心してる。
単に、差別なく普通に接することでは満足しない人たちなの。
むしろ、障害者などとは差別されたいらしいの。
そうやって、障害者を使って、嫌がらせをさせるのもそんな思いから?
天才も絶世の美女も、この世にはいらないのね。
それは、誰かが引き摺り下ろすものだから。
もし、工作員が天才で生まれたとしても、今度はきっとナナコが
引き摺り下ろすのでしょう。そうやって、世の中出来上がってるのかな?と、
この人たちを見ていると世の中って、絶望的なのかな?って、思えてくるのね。
不信感が募る存在。実はもう信用なんて出来ないでいるの。
急にフレンドリーになっているのがいるけれど、『何の企みがあるの?』って思ったり
『ナナコとのやり取りで、勝利する為の何か』だと思ったり。
『嘘はつけるだろうしなぁ』って。
ナナコは一度そうして加担した人間を信じることが出来ない。
どうしようもなかったかも知れない。それは、ある程度理解することは出来るかも知れない
けれど、信用は出来ない。これからどうなってしまうのだろうと、ため息つくのでした・・・。
この犯罪は、病人でも何でも被害者にするでしょ?
それは病人だから気の毒なんでなくって、病人だから手間が省けていいやとか、
病人だからこそ、衝撃も大きくていいから、あえてそれを狙ったりするわけよね?
『相手を人間だと思っていないから』っていうね。