医師に「卵巣はどうしますか?」と聞かれて、


「卵巣の疾患のリスクがなくなるのなら、この際に摘出しようか」


と、かなり気持ちが傾いた時間もあります。

その話があったのが、金曜日で決断が翌週の月曜日の朝ですから、短い日数のなかでいろいろな思いがめぐりました。


こういう感情になったのは、身近な人(実父、義父、義母)のガンの闘病生活をみているからだと思います。

父は約30年前、義父母は10年以上前のことですから、その頃の闘病生活がそのままあてはまりませんが、本人はもちろんまわりの人にとってきついものであったことは確かです。


だから疾病のリスクが減るというのはわたしには魅力的なことでした。

でも、今回は卵巣の摘出はしないことにしました。


まず、先生からの提案は、「そういう選択肢もある」というか、その後、卵巣の病気になられた方から「あのとき言ってくれたらよかったのに」と言われたので、伝えたというものだったからです。

先生は、わたしがこの件に関して結構、悩んだので、「伝えないほうがよかったかも」と言われました。

「この機会に卵巣もとったほうがいいですよ」という提案ではないということです。


そして、卵巣を摘出することの影響を考えました。

卵巣からは女性ホルモンが分泌されています。

女性ホルモンの分泌が減ったり、なくなったりすることで更年期の症状が出ると言われています。

わたしの場合は閉経に近づいていたので、もう分泌されていないかもしれません。

すでに書きましたが、わたしの場合は、更年期の症状が出るとすれば、すでに出ているはずなので、卵巣を摘出することで、更年期の症状が出るとは考えにくいと言われました。

ただ、わたしの場合は、閉経に向かっているとはいえ、閉経したとはいえないので、ここで卵巣をとって、女性ホルモンの分泌を無くしてしまうのは強引すぎるような気がしました。


摘出しないと決めた大きな理由は、今回の子宮筋腫の手術は、そもそも自覚症状があったわけではなく、年に1回受診している子宮ガン検診を経て、受けることになったからです。

もし、検診を受けていなければ、子宮筋腫を自覚することはありませんでした。

一昨年、筋腫が6センチというとき、手術をするかしないかかなり悩んで、結果的にそのときは手術をしませんでした。

その理由が、「今、とくに生活に不自由を感じていない」という理由でした。

筋腫はおそらく良性のものだろうから、おいておいても大丈夫だろうということで、経過をみることになりました。


それが9センチになって、今回、手術を受けることにしたのですが、6センチのときも9センチのときも、わたし自身の自覚症状は皆無でした。

9センチでも経過をみるという選択もあったので、わたしにとって「手術をする」ということは、かなり重大な選択だったと思います。

すでに重大な選択をしているのに、さらにその先を見越して卵巣をとるというのはあまりにも飛躍しているように思えたのです。


それと考える期間があまりにも短すぎるというのもありました。

卵巣をとってしまえば、取り返せません。

卵巣の疾患のリスクをどう低減していくのかを考えたうえで、次の選択をしていきたいと思いました。


このときアンジェリーナ・ジョリーさんが卵巣を摘出されていれば、わたしの選択は変わっていたのかどうか、よくわかりません。

「卵巣はどうしますか?」


入院した日に男性主治医より言われました。

今回の手術で卵巣も摘出しますか?という問いかけでした。


唐突な問いかけに、「どういうことですか?」と、咄嗟に判断できずお返事できませんでした。

先生にお話しを聞いてみると、この機会に卵巣もとってしまうという選択もあるけれど、どうしますか?ということでした。

なぜそういうことを言われたのかというと、子宮筋腫の手術をした患者さんが後に卵巣の病気になられたそうです。

その患者さんがそういうことであれば、子宮筋腫の手術をしたときに卵巣もとっておけばよかったということを言われたそうです。


子宮の疾患から解放されるだけではなく、卵巣の疾患のリスクもなくなるかもしれないというのは魅力的といえば魅力的です。

でも、あまりにも唐突で返事に困りました。

手術の直前までに決めたらいいからということでした。


卵巣?という思ってもみなかったことを考えることになって、どうしていいのかわからなくなりました。

ありきたりでもっているタブレットで「卵巣 摘出」で検索してみると、同種の悩みはあるものです。

ネットで検索して回答が得られるわけではなく、「卵巣?」ということがぐるぐると頭をまわっていました。


そこで思い出したのが、随分と前に卵巣嚢腫の手術をしたという友人です。

さっそくメールで事情を伝えました。

でも、こういうすごいことを相談されるのも迷惑だと思うので、「あなたの回答で答えは出しません。わたしとしてはほぼ答えは決まっています。でも、もし何か知っていることがあれば教えてほしい」ということを伝えました。


友人は卵巣の摘出については何も情報をもっていないということでした。どちらかの選択をしなければならないのだから、選択したほうを信じればいいということを言ってくれました。


そして医師との面談のときに再びそのことについて話しました。

医師は、卵巣の摘出を勧めているわけではなく、そういう選択肢もあるということで、返って悩ませてしまって申し訳ないということを言われました。


わたしはそのとき、卵巣も摘出してもいいかなという気持ちになったことを伝えたうえで、卵巣をとらなかった場合のリスクについてお尋ねしました。


子宮がんは、子宮がん検診で早期発見が可能だけれども、卵巣の場合は自覚症状がないので、卵巣がんの早期発見は可能なのかということ。


今、現在、更年期障害の症状はまったくないが、卵巣を摘出することで更年期障害の症状が出る可能性があるのかということ。


卵巣の疾患については、自覚症状はほとんどなく、腫れや違和感でようやく気付くということがほとんどだそうです。

更年期障害については、閉経にむかっているので、おそらくホルモンの分泌はないだろうということで、卵巣をとることで何か変化があるということは起きにくいということでした。


友人にも言われましたが、摘出するかしないか、どちらか一方の選択しかできないのです。

アンジェリーナ・ジョリーさんの記事です。

乳房を切除されたのが2年前、そして最近、卵巣を摘出されました。

長くなりますが記事を引用します。


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3月24日(火)付の新聞「ニューヨーク・タイムズ」に寄稿したアンジェリーナ・ジョリー。

母親を卵巣ガンで、祖母、叔母もガンで亡くしているアンジーは2年前に乳房切除手術を受けたときから卵巣切除についても考えていたそう。

「でもそれは女性に大きな影響を与え、体は閉経後と同じ状態に置かれます。そのため他の選択肢についても医師たちと相談していました。

でもそのときが来るまでにはまだ何カ月もあると感じていました」というアンジー。

でも2週間前に毎年受けている血液検査でガンの可能性を指摘され、その後、精密検査を受けたとか。

その結果、ガンではないことが判明。そして今後ガンが発生するのを防ぐために卵巣と卵管を切除する選択肢が残っていたことから手術を決意、先週手術を受けたそう。でもアンジーはこの選択がすべてではない、と説明。

「健康に関わる問題への対処方法は1つではありません。

大切なのは選択肢について知ること、そして自分に一番いい方法を選ぶことです」「私は自分のため、家族のためにこの決意をしました。

私の子どもたちは“母は卵巣ガンで亡くなった”と言わなくて済むのです」。

「私は今後、子どもを産むことはありません。身体的な変化も生じるでしょう。でも何が起ころうとも、私は安らぎを感じています。それは私が強いからではありません。これが人生の一部だからです。恐れることではないのです」。そして最後にアンジーはこう記事を締めくくっているそう。「あなたはアドバイスを求め、選択肢について学ぶことができます。そして最善の選択肢を選ぶことができるのです。知識こそ力なのです」。(text : Yoko Nagasaka)

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乳がんのリスクを避けるために乳房を切除したというニュースは、結構、衝撃でした。

そういう考え方もあるのだと思いました。

もちろん賛否はあるでしょう。


乳がんの治療の際、乳房を温存したいと思うのはごく自然なことだと思います。

乳がんになる確率を想定して切除してしまわれるなんて。

「女性性」を有する臓器への喪失感も聞いたことがあるように思います。

彼女の選択が、臓器を摘出するということに対して、ハードルを低くしたことは確かだと思います。


そして今度は卵巣を摘出されました。

彼女はまだ39歳なので、卵巣からのホルモン分泌がなくなり、記事にもあるように身体的な変化が生じるでしょう。

それよりもガンのリスクを回避したかったのでしょう。

身近な人がガンということであればなおさらだと思います。


わたしも母が36歳、父が52歳と若年で亡くなっているので、病気に対する恐怖が強くあります。

今回、子宮筋腫の手術をすぐに決断できたのも、今、良性であっても、将来、悪くなる可能性はゼロではないという医師の言葉でした。


実は卵巣の摘出というのも選択肢のなかにありました。

この件は、またページを変えて書きたいと思います。



2月23日に退院したので、ちょうど1か月になります。

いろんなことをしたので、長かったなーという感じです。


記録をしておきます。


21日(土) 東京 駒沢体育館にて日本ハンドボールリーグプレイオフ準決勝観戦

22日(日) 板橋シティマラソン会場へ、舎人ライナー、都電荒川線乗車、走快ねっとアフター

23日(月) 午前、三宮(ミーティング)、午後会議(京都府)

24日(火) 午前、午後仕事


出血は緩やかに減っているように思えるのですが、ときどきそういうわたしの気持ちをあざ笑うかのようにきつく出血することがあります。

身体の中の傷、早く修復してほしいです。

一応、記録しておきます。


14日(土) 午前会議、夜筋トレ

15日(日) 午前府立体育館、午後パートナーズ(反省会のみ)

16日(月) 休養

17日(火) 午前仕事、午後会議

18日(水) 午前仕事、午後会議

19日(木) 朝仕事、午後セミナー、夜友人宅

20日(金) 午前、午後仕事、夜筋トレ


これくらいの予定で通常通りって感じでしょうか。

休養日もとれているし。

ただ、身体の中の傷はまだ完全修復ではないようです。

アメブロが手術記録になっているので、その後のことも書いておくことにします。


9日 C病院受診 とくに問題なし。でも運動は禁止。

10日 午前仕事、午後在宅

11日 午前仕事、午後在宅

12日 朝仕事、午後、紅茶教室

13日 午前、昼、仕事、夕方在宅


あまり動きのない日々でしたが、12日は重たい荷物をもって30分の移動ということがあり、自分でも少し心配するくらいでしたが、そのことで身体に何か変化がおきたということがなく、ほっとしています。

明るい兆しとして、微量の出血が続いていましたが、それがごく微量になってきたということがあります。

だからといって運動禁止が解けるわけではないのですが、少し前進したような気がしています。






京都府産の紅茶です。







日本産の紅茶は、生産者によって随分と味が違います。

京都紅茶は、より紅茶らしい紅茶(うまく表現できません)のような印象です。


30g600円(税別)の価値ありです。

2013年8月 Å医院 子宮がん検診他 4730円

2013年8月 Bクリニック MRI撮影 7290円

2013年9月 A医院 診察、投薬 1100円 (貧血治療)


2014年9月 A医院 子宮がん検診他 3600円

2014年9月 A医院 血液検査 3860円

2014年10月 Bクリニック MRI撮影 7590円

2014年10月 A医院 腫瘍マーカー、画像診断 2040円

2014年10月 A医院 C病院予約、紹介状 1140円


2014年10月 C病院 初診、超音波検査 2440円

2014年12月 C病院 術前検査 5590円


2015年1月 C病院 診察 220円


2015年2月13日~23日 C病院 入院、手術

            保険自己負担額 171690円(高額療養費制度を利用、限度額適用認定証を提出)

            食事自己負担額  5720円

            保険外負担額   121000円 (11000×11日分)

            消費税        9680円


2015年3月 C病院 診察220円 文書料3240円



       


今日、9時~9時30分の予約でした。

時間がかかることは覚悟で、本を持っていきましたが、緊張しているのかとても本を読む気にはならなくて、ひたすら待っていましたl

緊張のせいでしょうか、やたらトイレに行きたくなって、診察前に2度もトイレに行きました。


9時30分頃に呼ばれて、最初に病理検査の結果を教えていただきました。

筋腫は良性のもので、予想通り悪いものではなかったということです。


わたし「少量ですが、出血が続きます。多いときで朝と晩、朝はだいたい軽い出血があります」

先生は「今、3週間なので、あと2週間くらいは続くかもしれません。」と。


わたし「昼間の過ごし方が、出血に影響しますか?」

先生「よほど腹圧のかかるようなことをしたら別ですけど」。


ということで、なぜ出血しているのか、その原因を説明してくださいました。

そして内診の結果、とくに問題なく経過しているということでした。


これでつっかえてたものが、半分なくなりました。

聞いてもダメと思いつつ、「軽い運動とか、したらダメですか」というと、「退院のとき説明した通りです」と。


出血は、手術が長引いたことに原因していて、腹圧がかかることで縫ったところに負担がかかってしまうので、お腹に負荷をかけてはいけないということでした。


「運動、ダメですか?」の質問は、先生をドン引きさせてしまいました。

聞かなければよかった、、、。


一応、今日でこの病院での診察は終わりです。

紹介状を書いていただいた先生に文書報告しておくので、4月末から5月に診察を受けてくださいということでした。


想定外の6時間もの手術をしてくださった先生にちゃんとお礼を言わなきゃと思いつつ、先生があまりに普通にされていたので、「ありがとうございました」と頭を下げて、丁寧に言うしかできませんでした。


ほんとうにいい先生をご紹介していただきました。

こんなに安心して手術を受けられたのも、先生をはじめとして婦人科の先生方、病棟、手術室の看護師の方々、麻酔科の先生方のおかげです。

ありがとうございます。


会計は100番台。

わりと早く済みました。

3500円くらいしたので、「えっ、たかっ!」と思ったら、診断書の料金が入っていました。

診察の料金は220円でした。


診断書をもらうのも順番待ちでしたが、それほど待つことなく、9時前に病院に来て、10時15分に病院を出ることができました。


病院を出るときに気づいたのでうすが、玄関を出たところに無料でタクシーが呼べる電話が3台も設置されていました。

気がついていたら、退院のときここでタクシーを呼んだのに、、、。


今日は、歩いて帰れたのですが、運動禁止をしっかり言い渡されたショックで、電車に乗って帰ってきました。



2月23日、月曜日に退院してほぼ2週間です。

日々のことは「居酒屋花子」に書いてきましたが、ここが入院の記録のようになっているので、その後のこともまとめて書いておきたいと思います。


今日は3月8日。

明日、9日が術後、男性主治医の最初の診察になります。

それがとっても不安なのです。

退院後の過ごし方が間違っていたのかもしれないと思うことがあって、明日、どういう診察結果を言われるのか、とても不安なのです。

記録にするのではっきり書いておくことにしますが、退院後、ごく微量ですが出血が続いています。

「退院のしおり」によると、出血が続く場合は受診するように書かれているので、少し前から不安だったのですが、9日の受診が決まっていたので、それまで様子をみることにしていました。


そういう身体の中の不安はあるのですが、わたし自身はほんとうに元気で、ついこの前に何時間もの手術を受けたことを忘れるくらいでした。

それでも重いものはもってはいけない(下腹に力を入れてはいけない)ということは、守っていました。

もちろん、自転車には乗っていないし、走ってもいない。

歩くときもお腹に負担がかからないように気をつけていました。


そうはいっても、家でじっとしていたわけではないことも確かです。

家で簡単な家事をしたり、編み物をしたり書き物をしたりという日もありましたが、半日を目途に外出もしていましたし、3月3日からは仕事を再開しました。


2月

23日(月)退院

24日(火)在宅

25日(水)午前、会議

26日(水)午後、会議

27日(金)在宅

28日(土)午後、打ち合わせ、夕方、講演会


3月

1日(日)午後、外出(かもぱ)

2日(月)在宅

3日(火)午前仕事、午後会議、夕方立食

4日(水)午前仕事、午後会議

5日(木)朝、仕事、午後会議

6日(金)午前仕事、昼筋トレ、午後仕事、夜筋トレ

7日(土)在宅

8日(日)午前駅伝スタッフ、午後祝勝会


こうやって振り返ってみると、仕事に復帰した週に仕事以外のことがいろいろ入っていました。

ひとつひとつは、たいして負担になるものではありませんが、そいうのがまとまると、それはそれで負担だったのかもしれません。

こういう緩やかな負担が身体に影響しているのかどうか、明日の主治医の診察を待つことにします。