共済から振込がありました。13万円と少し。

どういうお金なのか調べたところ、同一医療機関に支払った金額から4万円を引いた額が支払われるそうです。

わたしの場合17万1690円(保険適用分)を支払っているので、131600円(100円未満は切り捨て)、いただけました。


高額療養費の限度額の制度をすでに受けているので、2重ではないかと思いましたが、そうではありませんでした。

ということで、保険の適用範囲内の治療であれば、4万円の自己負担でまかなえたことになります。


こんな制度があるとは知りませんでした。


個室の料金と食事代などは、共済に加入していたので、それで十分、まかなうことができました。

結果的にはお金の心配はほとんどなく、入院、治療ができて、ほんとうによかったと思います。


加入している社会保険によって違うのかもしれませんが、それほど高額の入院保障は必要ないように思いました。

とはいえ、入院というとどちらかというと後ろ向きのことなので、安心して治療に専念できる環境を作っておくことも一方で大切だと思います。

子宮を摘出後、貧血の心配があるので採血にきなさいと言われていたので、行ってきました。

絶食は、仕事のある日は難しいので、土曜日に行ってきました。


あまり血管が出ていないので、採血者泣かせの血管なのですが、ここの医院の看護師さん、採血の上手なこと。

まだ針が刺さっているのかと思ったら、「えっ、もう終わったんですか」という感じです。

この看護師さんにずっと採血してもらいたいってくらいです。


今後は、腫瘍マーカーの検査をしたり、もうしばらくしたら骨密度を測ったりと、きっと更年期対策になるのだと思います。


更年期、今のところ、全然、大丈夫です。

かかってきなさい!って感じです。


採血の最中に、先生が「あんた、仕事を何をしているんや?」と聞かれたので、「介護福祉士です」と答えると、「えっ!」と驚かれました。

あんまり働いていないです、半日だけです、と。


「あんた、法律やってたんと違うんか?」と、30年前のことまで覚えていてくださっています。


「半日は、そういう仕事もしていいます。消費生活専門相談員という資格を取る人たちの講座の講師をしています」と言ったつもりなのですが、先生には「よう、わからん」と言われました。


まっ、弁護士とかではないですから、わかっていただけないでしょう。

でも、なんかそんなふうに気にしていただけて、嬉しかったです。


先生、ありがとうございます。

これまで書いていたものが一部、不正確だったので、正しく書いておきます。


            子宮     貧血 その他

39歳 2001年   正常範囲     13   洞性除脈
40   2002    異常を認めない 12.4  洞性除脈
41   2003    異常を認めない 12.4

42   2004    子宮筋腫の疑い(要観察1年後)  12.3
43   2005    異常を認めない ↓11.0
44   2006    子宮筋腫の疑い(要観察1年後) ↓10.9洞性除脈
45   2007    子宮筋腫の疑い(要精密検査) 11.8

46   2008    異常を認めない ↓12.0
47   2009    正常範囲     11.7
48   2010    異常を認めない ↓11.3 心室性外収縮 精密検査
49   2011    異常を認めない ↓11.3
50   2012    正常範囲     ↓↓10.8 鉄欠乏性貧血 貧血検査

51   2013    子宮筋腫6センチ 12.7 貧血治療
52   2014    子宮筋腫9センチ 14.5 上室性外収縮

13日に術後、最終の検診を受けて、「全快」となりました。

これでスッキリ、元気になるはずが、そうはなっていないのです。

こんなはずではなかった、、、という感じです。


理由のひとつは、先生の「ガンになるようなもん、なんでおいといたんや?」というお言葉。

自分なりにかなり悩んで、ようやく卵巣を残すという判断をしたにもかかわらず、それをあっさり否定されてしまったことです。


でも、自分で考えて、決めたことなので、この件はそれほどダメージではないと思います。

卵巣の疾患にならないように注意しようという気持ちが大きくなりました。


不安な気持ちの大きな原因は、これまで「心配される」存在だったのが、「普通の人」になってしまったことです。

心配されている心地よさ、そこにどっぷり甘えて生活していました。

それがなくなった不安です。


病棟でたくさんの方にお世話になっていて、そういう心地よさを感じたくて、そのときに着ていたものを無意識に選んで着て、そのときの気持ちに浸ったりしています。

一度、甘えてしまったら、もとに戻れなくなって、不安な気持ちになっているのだと思います。


退院して、たいして療養もせず、元と変わらない日常生活を送っていて、今も何にも変わらずに過ごしています。

不安な気持ちだからといって、それが何かに影響しているわけでもありません。

そのうち不安もなくなってしまうと思いますが、全快でまさかこんな気持ちに陥るとは思ってもみませんでした。

8週間後に検診に行きなさいと言われたわけではなく、手術をしてくださった先生に、4月ないし5月中に、最初にかかっていた医師の診察を受けてくださいと言われていたので、運動制限が解ける8週間という節目に検診に行こうと、ずっと前から思っていました。




「もう普通に生活してもいいですよ」というお墨付きが欲しかったのです。




なんとなく診察はすぐに終わると思っていたのですが、自分が想像していたより長かったです。




今後については、貧血の心配をしないといけないので、適当な時期に朝食を抜いて採血にきなさいということでした。




それからもうひとつ、子宮ガン検診をしなくてよくなったので、その後の婦人科の検診はどうすればいいのかとお伺いしました。


そのとき、先生がなんと言われたのか、次のことを聞いた衝撃が大きすぎて覚えていないのですが、適宜、診察にきなさいというようなことを言われたのだと思います。




そこで、わたしが手術の3日前にA先生に「卵巣はどうする?」と言われて、あまりに急なので、判断のしようがなく、とらずにおいておきましたと言いました。


このくだり、わたしの説明の仕方が悪く、なかなか真意が伝わらず、何度か説明を繰り返しました。




わたしが言いたかったのは、月曜日に手術で、その前の金曜日に「どうする?」と言われ、あまりに急で判断しようがなかったということなんです。




そうすると先生は間髪を入れずに「ガンになるようなもん、とってしまったらよかったのに」と。




えっ、そういう考え方があることは知っていましたが、そんなにあっさり言われると、わがしが迷ったのはなんだったの?という感じでした。




実は、「卵巣はどうする?」ということを聞いて翌日は外泊することになっていたので、その日の午前中に通院していた医師に相談するということも考えたんです。


そのとき通院していたら、卵巣も摘出していたかもしれません。




産婦人科医にとっては、機能していない卵巣は「ガンになるかもしれない臓器」ということなんですね。


そういうことで、「どうする?」と聞かれたのはわかっていたんですけど。




わたしとしては、随分と悩んだ末に残すという判断をしたのですが、あっさり「何でとらへんかったん?」と言われると、「とっておけばよかった」みたいな感じです。




わたしに卵巣が残っているということで、「年に1回の検診においで」ということになりました。




こうなったら何が何でも卵巣の疾患には気をつけないとという気になっています。




卵巣のことが衝撃的で肝心のことを書いていませんでした。


術後は、とくに問題なく経過しているので、普通の日常生活を送っていいことになりました。


運動も自転車もOKです。

明日、もともと診ていただいていた医院へ検診に行きます。

運動や自転車に乗ったり、そういうことが解禁になる予定です。


昨年9月に子宮筋腫が大きくなっているという診断を受けてから約6か月。

MRIの撮影から診断、手術をするかどうかの決断、手術をお願いする病院の選択と、いろいろなことがありましたが、すべてのことがうまくいったような気がします。


これまでも度々、書いていますが、最初に診断してくださった先生はもちろん、手術に関わってくださった3名の先生、手術室、病棟のスタッフ、そして身近な家族、友人、多くの方に支えていただいたおかげです。

感謝してもしきれないです。


ずっと書いているので、書いておきます。


4月

1日(水) 午前仕事、午後フリー

2日(木) 午前仕事、午後フリー

3日(金) 午前仕事、夜筋トレ

4日(土) 午前フリー、午後お茶の研修、夜神戸に移動

5日(日) 神戸(結婚式&披露宴)


6日(月) 朝仕事、その後フリー

7日(火) 午前仕事、午後フリー

8日(水) 午前仕事、午後会議

9日(木) 午前仕事、午後ライトハウス

10日(金) 午前、午後仕事

11日(土) 午前フリー、午後神戸、夜筋トレ教室のお仲間たちと。

12日(日) 府立体育館


かなり余裕ありの10日間ほどでした。

休養十分です。

退院して1か月と1週間、術後6週間になります。

術後6週間で、身体の中は一応、元通りというような感じだそうです。

6週間で解禁になることもありますが、自転車に乗ったり、運動したりというように腹圧のかかることは8週間までおあずけです。


その後を記録しておきます。

3月

25日(水) 午前仕事、午後、鳥居尞修了式

26日(木) 朝仕事、午前セミナー、午後買物等

27日(金) 午前仕事、午後休養

28日(土) 夜筋トレ

29日(日) 武庫之荘へ

30日(月) 午後セミナー

31日(火) 午前仕事、午後パソコン講習


週末にあまり予定を入れていないこともあって、随分とゆっくりした1週間でした。

週明けくらいから出血がかなり微量になりました。

完全に出血がなくなってから、診察に行こうと思っています。

腹腔鏡手術のことが話題になっています。

群馬大、千葉県ガンセンターでの腹腔鏡手術のことが話題になっているので、腹腔鏡手術は怖い、危険と思われている人が多いと思います。


きっと現場は困惑されていると思います。

執刀してくださったO先生はどうされているだろうかと心配しています。


わたしはこのたび腹腔鏡手術をしました。

何も問題なく、とっても元気にしています。

保険も適用されているのだから、子宮筋腫の手術において、腹腔鏡手術の技術は確立されているはずです。


どうか報道されている事案だけで、腹腔鏡手術は怖い、危険と思わないでください。

恩恵を受けている人は、わたしだけではなく、たくさんいると思います。

コープ共済たすけあいL200コース(いわゆる女性コース)に加入していました。

長年、加入していた第一生命の特約は昨年6月にやめて、アフラックに加入しようと検討していましたが、結局、加入しなかったので、コープのたすけあい共済のみでした。


病気入院共済金が55000円。(11日分)

女性特定病気入院共済金が33000円。(11日分)

病気手術共済金 80000円


合計168000円。

一応、皮算用していた通りの金額でした。


高額療養費の限度額が16万円くらいと思っていたので、1か月2000円の掛け金のコースに加入していれば病院に支払う額の給付があったことになります。

ただ、わたしは今回、個室に入ったので、その料金が1日11000円だったので、14万円ほどの負担になりました。

もっとも、保険金をあてにして個室を希望したので、想定内の出費ということになります。


入院するにあたって、いろいろ買いそろえたものがありますが、たぶん15000円くらいだったと思います。

寝間着が3着、下着類が10枚、それくらいです。

それらは退院後も重宝しています。


L2000円コースというのは、最低限の保障のような気がするので、次、加入できるようになれば、もう少し補償の大きいものに加入しようと思っています。

2001年より健康診断を受けているので、血色素量を振り返ってみました。

正常範囲は11.3~14.9ということです。


2001年 13.0

2002年 12.4

2003年 12.3

2004年 12.3   (子宮筋腫の疑い)

2005年 11.0 ↓(子宮筋腫の疑い)

2006年 10.9 ↓(子宮筋腫の疑い)

2007年 11.8   (子宮筋腫の疑い)

2008年 12.0 ↓ (この年より基準値が12.1~15.2になります。)

2009年 11.7 ↓ 

2010年10月  11.3 ↓ 

2010年11月  12.1   

2011年 11.3 ↓ 

2012年10月 10.8 ↓↓ 

2012年12月 11.7 ↓(鉄欠乏性貧血と診断される)

2013年 3月 10.3(皮膚切開手術のための検査)

2013年 8月 10.7 ↓↓(子宮筋腫 6センチの診断)

 1か月間、鉄剤を服用。その後、ラブレの鉄分が7.5㎎を含んだ飲料を1日1本飲む

2013年10月  12.7

2014年 9月 13.5(子宮筋腫9センチの診断)

2014年12月 14.5


ということで貧血歴は10年前の2005年からでした。

治療を始めたのが2013年。

鉄剤を服用のあと、鉄分を強化した飲料を飲んでいるためか、たいへんいい数値のようです。


子宮筋腫の疑いと初めて診断されたのが2004年。

途中、5年間は、異常なしだったので、わたしの場合は、貧血と筋腫はあまり関係ないような気がしています。


2014年9月、子宮がん検診を受けた際、医師は「顔色もよくとても元気そうだ」と言ってくださって、わたしは「はい、とっても元気です」と答えました。


貧血が改善されたためかどうかわかりませんが、風邪を引かなくなりました。

もともとあまり風邪を引かないほうなのですが、風邪で通院したのは2013年3月が最後で、2年間、内科にはかかっていません。