こんにちは!今週のゼミブログの担当は今井、太田、藤畝、の3人です。

今回はどれも複雑で考えさせられる重い内容となりましたが、元気にお届けしたいと思います!

まず、英字新聞二つを今井が紹介します!

まず、一つ目の記事は、カナダで父親のBMWを借りた黒人男性が尋問され、強制逮捕されたという記事でした。この記事では、警察官の行動は正しかったか?という問いと、警察側、または事情聴取を受ける側は今後どのような行動を心がけるべきかという問いが投げかけられました。

一問目に対しては、この警察官の行動は正しくなかったという意見が多く上がりました。事情聴取に反抗的な黒人の男性がガレージに叩きつけたり、理不尽に顔を歩道に押し付けたりして、呼吸が困難になった状況は暴力的だという理由からです。

二問目に対しては、様々な意見が出ました。白人警察官の黒人に対する偏見を解離することが難しい現状があるという意見や、そもそも統計上黒人の犯罪率が多いから疑いの目をかけられているという状況があるのではないかという意見が出ました。また、事情聴取に対し反抗的な態度が今回のような事件を引き起こしたという意見も出ました。その上で、警察官も事情聴取を受ける側も、一旦落ち着き冷静になって考えることが必要なのではないかと言うような意見も出ました。

次の記事は、ニューヨークで精神疾患を抱えた男性が刃物を持って精神的な発作を起こした為、警官により射殺された記事です。

問いは、精神疾患をもったロザリオさんが武器(キッチンはさみ)を持ち続けたことに対し、警官が危険と判断した為に発砲にいたったと見受けられるが、これは正しい判断だったか?という問いと、事件が起こった同市では情緒障害のある人による緊急通報に毎年15万件以上対応しているが、その際には武力の行使率も高いことが報告されている。これまでどおりすべての通報に対し武装警官のみで対応するべきか、寄せられた通報に応じて訓練を受けた専門の対応者が同行して対応すべきか?という問いでした。

前者の問いに対しては、警察官の対応は正しくないという意見が多く出ました。その理由としては、精神疾患患者であるロザリオさんを取り押さえるのには、射殺以外の方法があったというものです。例えば、防犯スプレーやさすまた等です。

後者の問いに対しては、全通報に対して専門家を付けるべきだという意見と全通報に対し専門家を付けることは現実的に難しく、警官自身が精神疾患患者の発作についての知識を身につけるべきという意見が出ました。

 

ここからは太田が担当します。

最後の記事は、イギリスの議会に小児性加害者から親権を奪う法案が提出されたことに関する記事です。この記事によると、昨年性加害者である元夫を娘に会わせないようにするために多額の弁護士費用を支払った女性をBBCが報じ、その後最大野党の議員が当法案を提出したということです。イギリスの現行法では、小児性加害で有罪判決を受けても子どもに対する親の権利を保護する「除外規定」というものがある。しかし法案を提出した議員は、最優先は子どもの権利だと主張しています。この法案が可決されれば、13歳未満の子どもに対する強制性交などの重大な犯罪に適用され、これらの犯罪の加害者は自動的に親権を剥奪されることになるという内容です。この記事について、法案は可決されるべきか、性加害を未然に防ぐ、または性被害者のためにできることについて話し合いました。

まず法案を可決すべきかどうかについては、子ども達を性犯罪から保護できるから法案を可決すべきと言う意見がありました。また、子どもの立場からすると、何が起きたか理解できない、親と会えない理由が分からないのではないかという意見も出ました。

次に、性加害を未然に防ぐ、または性被害者のケアに関しては、政府が性犯罪の重大性を理解することが第一であり、その後法整備を行うという意見がでました。また法制定について、性加害者に対して刑務所に入れるなど現在よりも厳しい罰則を与えることが防止に繋がるのではないかという意見もありました。一方性被害者へのケアでは、政府が精神的なケアを行うシステム作りが大切であるという主張がありました。日本でも制度の整備に向けて動いていますが、まだまだ不十分な所もあるので十分な防止策、ケアができるようになっていって欲しいと思います。



ここからは藤畝が担当します。

ゼミ後半では「池上彰の世界の見方 アメリカ」の第5章について議論を行いました。

アメリカでは90%以上の人が神の存在を信じています。その中には、キリスト教の聖書に書いてあることが一字一句すべて真実だと考える人たちがいます。彼らをキリスト教原理主義、あるいは福音主義派といいます。原理主義と聞くと、過激な集団のように思われるかもしれませんが、本来原理主義とは、アメリカ合衆国のキリスト教プロテスタント派の中から起こったもので、「聖書に忠実になろう」という運動のことなのです。そして、キリスト教原理主義の人々は科学的事実を信じません。ここで、今回のゼミで話題となったのは「進化論」についてです。ダーウィンの進化論とは、環境が大きく変わったときに、その環境にたまたま適応できたものだけが生き延びてきたという考え方です。これは、人間の祖先はサルの祖先と仲間で、一説によると、火山活動により気候が大きく変わり、森がなくなってしまったことから、人間の祖先は陸上に下り、二足歩行できるようなタイプだけが生き延びることができたと説明します。ところが、聖書には、人間は神様がつくったと書いてあり、キリスト教原理主義者にとっては人類の祖先がサルの仲間であることは信じられないのです。特に、以前のアメリカ南部には、学校で「進化論」を教えてはいけないという法律をつくっていた州がいくつもありました。現在、そのような法律は廃止されましたが、今もなおキリスト教原理主義の人々の中には、学校で「進化論」を教えることに反対し、自分の子どもを学校に通わせない人もいるのです。学校で科学を学び、信じてきた私たちにとって、キリスト教原理主義の考え方は難しく、「よくわからない」と首を傾げる学生が多い中、「科学の発展の妨げになるのではないか」という意見がありました。これに対し、アメリカに留学をした際、ホストファミリーがキリスト教の神父であったという学生は、「強制的な印象はなかった」と話してくれました。科学やそれを信じる人たちを否定する様子はなく、「これまで信じてきた神を信じる」という感覚であるようです。信仰の度合いは人それぞれであり、本を読んで抱いた印象と現実は異なることがわかりました。幼い頃から教会に通うと、そこで思い出を作り、慣れ親しみ、「神の教え」が迷ったときの導きになるのだと考えられます。アメリカの人々にとって、神の存在は「心の拠り所」なのでしょう。



今回のゼミでQ1は終わりです。Q2はゼミがないので、次に会うのは少し先になります。

学生生活残りの1年の1/4が終わってしまったのかと実感し、残りの学生生活を有意義に、楽しく過ごしたいと気持ちが引き締まりました。みなさん、これからさらに暑くなりますが、元気に過ごしてください。では、またQ3で会えることを楽しみにしています!