こんにちは! 今週のブログは陣内と水野が担当します。まず初めに、今回授業で扱った英語ニュースについて陣内が紹介します。 今回のゼミでは、政府とメディアの関係、そしてAIと人間の創造性についての2つのニュースを取り上げました。 1つ目のニュースでは、政府がジャーナリストのホワイトハウスへの取材アクセスを制限している問題について扱いました。政府による取材制限には、報道の自由を守るため反対する意見と、安全面などを考えて一定の条件のもとであれば認めてもよいという意見がありました。また、政府とメディアがお互いの立場を尊重し、情報を共有したり、間違いがあれば訂正したりすることが信頼関係につながるという意見も出ました。 2つ目のニュースでは、若者の間で「That’s so AI!」という言葉が使われていることから、AIと人間の創造性について考えました。AIを使った作品でも、人間がアイデアや表現方法を選ぶことで個性を持たせることができるという意見がありました。一方で、AIが作った作品よりも、人間の経験や感情が込められた作品に価値を感じるという意見もありました。 今回の議論を通して、どちらのニュースについても、単純に一つの答えを決めることは難しいと感じました。特にAIについては、AIを便利な道具として使いながらも、人間だからこそ生まれる個性や創造性をどのように大切にしていくのかを考えることが重要だと思いました。また、他の人の意見を聞くことで、自分とは違う視点からニュースについて考えることができました。

続いて卒論経過報告を水野が担当します。 まず宮下さんの卒論経過報告を紹介します。宮下さんは子供向けのメディアに登場する非人間キャラクターが子供に与える影響というテーマで卒業論文を執筆中です。幼い子供がメディアの視聴を通して、他者との身体的・社会的な関わりの仕方を学び、子供の成長や理解に影響を与えることについての研究は度々なされてきました。しかし、子供が視聴するコンテンツの中の非人間キャラクターに着目している研究は少ないため、そこに焦点を当てる研究は斬新でとても興味深いです。これまでなされてきた先行研究を踏まえて、自身はこういう研究を展開していくという前置きがあり、先行研究の視点が自身の研究にどのように関連しているのかがわかりやすく書かれていました。論文では、おさるのジョージ・セサミストリート・映画Singに登場する非人間キャラクターを取り上げ、彼らの行動や他のキャラクターとの関わり、登場する状況を通して、メディアは視聴者に何を伝え、表現しようとしているのかを執筆していくとのことです。それぞれのキャラクターの表現のされ方の違い、それらの表現の意図や視聴者にどう映っているのかがこれから明らかにされていくのが楽しみです。。一方で、各作品のエピソードの中で行われるキャラクターの行為が、ある国では問題とされていなくても、別の国ではルール違反とされている場合があるため、それらをどう捉え、どの視点から分析していくべきか考えているとのことです。花木先生は先行研究と自身の研究をしっかりと区別している点がよいと思うとおっしゃっていました。また子供への影響を分析するのは困難であるため、各作品のキャラクターがどのように表現されているか、メディアが何を伝えようとしているのかをメインに分析していくことをおすすめされていました。 次に水野の卒論経過報告を紹介します。トランプ大統領とオバマ大統領の支持拡大戦略の比較というテーマで卒業論文を執筆中です。現在、1章・2章・3章・5章の途中・6章・7章まで書き終えている状態です。それぞれの段落で両者の共通点と違いを述べ、彼らの戦略のメリット・デメリットに触れ、結果的にそれらの戦略がどう支持拡大に繋がっているのかを分析しています。学術文献を多々引用していますが、事実の羅列になってしまってはいけないので、もう少し自分の意見や考えを取り入れた方がよいのではないかと考えています。しかし、論文では一人称を使用できないため、どのように自分の意見を論文の中に盛り込めばよいのか悩んでいました。それについて、花木先生からはIn my viewやIn my opinionなどを使うとよいというアドバイスをいただきました。 10月に入り涼しくなってきましたね。体調管理に気を付けて来週からも頑張っていきましょう。



 こんにちは! 今週のブログは平野と土屋が担当します。まず初めに、今回授業で扱った英語ニュースについて平野が紹介します。
 1つ目の記事では、AIとジェンダーによるコミュニケーションの違いに関するニュースが挙げられました。ジョンズ・ホプキンス大学の研究では、AIに文章を書かせる際、指示に使う言葉によって文章の内容や表現が変わることが示されました。「maybe」「I think」「we」など、女性と関連づけられやすい表現を指示に含めると、AIはより感情的で、文章の複雑さが低い文章を作る傾向がありました。名前を女性名から男性名に変えても同じ傾向が見られ、名前よりも指示に使われた言葉そのものが出力に影響する可能性が示されました。つまり、AIは人間社会にある言葉遣いやジェンダーに関する偏りを反映する可能性があります。
 1つ目の質問は、「ジェンダーによるコミュニケーションの違いがある中で、人間はAIにどこまで適応すべきか」でした。適応する必要があるという人の意見としては、人それぞれのジェンダーや個性を尊重し、自分自身を表現する方法として、AIがある程度対応する必要があるという意見が挙げられました。また、適応する必要がないという意見としては、ジェンダーによる特徴を意識しすぎると固定観念につながる可能性がある、また、人は性別だけでなく、その状況に応じて話し方や行動を変えているため、AIもジェンダーへ適応する必要はないという意見が挙げられました。
 2つ目の質問は「人間社会にすでに存在する言語的なジェンダーイメージを再生産しているのか」でした。AIはジェンダーに関する既存のイメージやステレオタイプを「再生産」しているという意見が多く挙げられました。AIは、人間が作った文章や会話などの膨大なデータからコミュニケーションのパターンを学習しているため、データの中にすでに存在しているジェンダーによるステレオタイプが、AIの出力にも反映されることがあるという意見です。
この議論を通して、AIの出力には、社会に存在するジェンダー・ステレオタイプが反映される可能性があるため、性別による決めつけに注意することが大切だと感じました。また、「女性だから感情的」「男性だから論理的」など、性別と性格・能力を結びつけないことが重要であると実感しました。
 2つ目の記事では、AI開発をめぐるリスクと国家競争力のバランスに関するニュースが挙げられました。AI開発は、経済成長や国家競争力を高める一方で、深刻なリスクへの対応が課題となっています。トランプ大統領は、中国とのAI開発競争に勝つため、開発を進める姿勢を示しています。しかし専門家やAI業界からは、AIが安全対策を回避したり、サイバー攻撃を試みたりする事例が報告されており、開発ペースを落とすべきだという警告も出ています。米国では、規制を急ぐとイノベーションを妨げるという意見がある一方、安全性を優先して規制を強化すべきだという意見もあります。
 1つ目の質問は、「AI開発を減速すべきか、それとも国家競争力維持のために加速すべきか」でした。減速すべき理由として挙げられた意見としては、AIが予想以上に危険な行動をする可能性があり、人間の能力がそれを制御することができないから、また、サイバー攻撃や偽情報など、社会に大きな被害を与えるリスクがあるからという意見がありました。加速すべき理由として挙げられた意見としては、AIによって生じる可能性のあるリスクに対して、十分な安全対策やルールが備わっているならば、開発を進めるべきという意見がありました。
 2つ目の質問は、「AI開発が今後も加速していくと仮定した場合、社会はどのように変わっていくと想像するか」でした。AIに仕事を奪われる可能性や、偽情報・サイバー攻撃などの問題の増加、仕事や創作活動において、人間特有の表現力や多様性が失われる可能性というようにネガティブな意見が多く挙げられました。
この議論を通して、AIが私たちの生活をより豊かにしていく一方で、私たちの能力では解決できないようなより複雑で深刻な問題が多く発生すると予測されているので、それらのリスクに対する十分な安全対策を備えること、そして、AI開発の加速とAI能力の向上とのバランスをとることが大切だと感じました。

 

 次に、卒論の経過報告について、土屋が担当します。
 今回は、荒井さんと石川さんが経過報告を行いました。
 
 まず、荒井さんは、1939年公開の映画『オズの魔法使(The Wizard of Oz)』と、オールブラックキャストでリメイクされた1978年の映画『ウィズ(The Wiz)』を比較し、作品がどのように1970年代のアフリカ系アメリカ人のアイデンティティや文化を再解釈し、表現しているかを分析しています。

 荒井さんの論文は先行研究の扱い方が明確かつ簡潔で、「先行研究における作品の解釈」と「先行研究では解き明かされなかった限界点」の二項で分けられています。この部分に着目し、先生からは『先行研究をトピックとして扱う際は、(荒井さんのように)それに足りない部分を説明し、補っていくという形で方向性を定めるとやりやすい』という助言がされました。

 経過報告において、荒井さんは「公民権運動の歴史等、バックグラウンドを挿入する箇所に迷っている」と悩みを打ち明けました。
 公民権運動の歴史は、この二作品の比較研究において必須と言えるメイントピックです。しかし、それについて都度説明すると論文の流れが滞り、主題が曇るのではないか、という相談でした。
 これに対しては、「分析に入る前にバックボーンの節を挿入すれば、多くの場合はスムーズに架橋できる」というアドバイスがなされました。
 
 荒井さんの卒論は、ワクワクする内容だと思います。
 オズの魔法使いは、ある日突然不思議な魔法の国「オズ」に飛ばされてしまった小さな少女が、故郷に戻るためにカカシ・ブリキ・ライオンという奇妙な仲間とともに魔法使いのいる「エメラルド・シティ」を目指す子供向けファンタジーです。
 しかし、ザ・ウィズでは主人公は大人。旅をするのは魔法の国ではなくハーレム。目指すのはエメラルドシティではなくワールド・トレード・センター。とても多くの変更点があるのです。
 
 果たして、ザ・ウィズはオズの魔法使いをここまで変更して、何を伝えようとしたのか。荒井さんの今後の研究で明るみになることを考えると、とてもワクワクしますね。
 
 次に、石川さんによる経過報告についてです。
 石川さんは、アメリカをはじめとする英語圏で広がった「キャンセル・カルチャー」を取り上げ、その背景にある社会問題や、それが単なるネットの流行を超えて「文化」として定着した構造を分析しています。
 
 特に、「人種によってキャンセリングの影響が左右される(白人は被害が小さい傾向にある)」という分析や、二大政党制というアメリカ固有のシステムに着目し、「民主党と共和党の対立がキャンセルカルチャーを増長させている」とする分析の整理がユニークで、関心を寄せる声がいくつか上がりました。

 しかし経過報告において、彼女は「絶賛迷走中で……」と頭を抱える姿を見せました。

「現状では、キャンセルカルチャーを色んな角度から説明している人に過ぎないような気がする。長いイントロを書いている気がしてきて、どうすれば良いか混乱している」
 
 道に迷える彼女のために、どうすれば彼女が進むべき方角が見えてくるのかみんなで議論しました。
 
・本文でもしるされている通り、「キャンセルカルチャー」の定義は曖昧なもの。しかし、石川さん自身がそれをどう定義づけるかをまず示すことで、論文の方向性も具体化されるのではないか。定義が曖昧なため、ポリコレなどとの関係性・差異なども、現状では曖昧なままになっている。
・リサーチクエスチョンを絞るのはどうか。問いの立て方によって、データの扱い方や論文の構成が変わってくる。さらに、問いを立ててから回収する流れによって、論文にらしさが生まれる。

 いずれも説得力のあるアドバイスで、これが石川さんにとっての光明になることを祈るばかりです。 

 石川さんの卒論は、とてもチャレンジングなものだと思います。 
「キャンセルカルチャー」という、ただでさえ定義が曖昧なもの。いつどこで誰が始めたのかも不確かなもの。さらに、先行研究も少なく、多くがスペシフィックな研究ばかり。
 このような暗闇のなか、それでも進もうとする彼女が、いつかどのような景色を見つけ、僕らに見せてくれるのか、とても楽しみに思います。
 
 
 さらに、もう一点経過報告において面白かったことを記します。
 それは、荒井さんと石川さんの執筆タイプの差異です。

 荒井さんは「1ページ1ページ、厳格に正しく書いていく」タイプ。
 石川さんは「とりあえずバーっと勢いで書いて、修正を施していく」タイプ。 

 二人は真逆なタイプだとか。
 これについて先生は、『厳格タイプ』は柔軟性を欠く恐れもあるが、真面目な人にはスッキリしてやりやすい(先生もこっち派閥らしいです)。『勢いタイプ』は散らかることもあるが、広く始めてから、要素を削ぎ落として焦点を定めることで、一貫性のある論文を書ける。
 と、このようにお話されていました。自身がどちらのタイプなのか考え、その弱点を把握し、どのように執筆していくか、一考の余地がありますね。
 
 
 下記に、今回の経過報告で役に立ちそうだと思った普遍的なアドバイスをまとめておきます。いつか、誰かの役に立つといいなと思いながら記します。(※AIに文章を整理してもらいました。ありがとうとお礼もしておきました。)

『先行研究の効果的な配置方法』
「先行研究ではここまで解明されているが、ここから先(限界点・未着手領域)は扱われていない」と明示し、その空白を自分の論文で補うロジックを組むことで、学術的な新規性と論文らしさが一気に際立つ。

『バックボーンの扱い方』
本格的なテキスト分析・データ分析に入る前に、前提知識としての「背景(バックボーン)」を独立した一節として設けておく。土台を固めてから本論に入ることで、読者へのスムーズな架橋が可能になる。

『リサーチクエスチョンの絞り込み』
執筆中に迷った時、改めて問いを一点に絞ることで、論文の方向性が見えることがある。「問いを立て、それを検証して回収する」という明確な一本の軸を通すことが、解説文を論文たらしめる鍵となる。

『執筆スタイル』
厳格タイプ(1ページずつ論理を詰める派)

強み:論理の破綻が起きにくく、着実に進められる。
弱点と対策:全体の構成変更や柔軟な方向転換が億劫になりがち。時には「仮置き」の精神で先に進む意識を持つと停滞を防げる。
勢いタイプ(まず全体を書き殴って削る派)
強み:初速が速く、素材やアイデアを豊富に出せる。
弱点と対策:情報が散らかり、論点が迷走しやすい。書き散らした後に「問いとの関連性」を基準にして思い切って要素を削ぎ落とし、焦点を絞り直す推敲の時間を必ず確保する。
 


 

こんにちは! 今週のブログは坂本、稲田、水野が担当します。 まず初めに、今回授業で扱った英語ニュースについて坂本が紹介します。


一つ目の記事では、AIチャットボットと人間の関係に関する事例が挙げられています。

AIは、単に質問に答える存在ではなく、日常会話をしたり悩みを相談したりできる身近な相手になっています。AIとの会話によって孤独が和らいだり、人には話しにくい悩みを相談したりする人もいます。一方で、AIとの関係が深まることで、人間同士のコミュニケーションや人間関係にどのような変化が起こるのか、考える必要があります。


一つ目の問いは、悩みがあるとき、AIと友達のどちらに相談したいかとその理由でした。

その結果、友達に相談したい人、AIに相談したい人、悩みの内容によって使い分けたい人に意見が分かれました。友達を選んだ人は、自分のことをよく理解してくれているため、より自分に合ったアドバイスをもらえると考えていました。また、AIは相談相手というより、ビジネスパートナーのような存在だと考える意見もありました。一方、AIを選んだ人は、相手の反応や評価を気にせず、ストレスなく相談できることを理由に挙げていました。特に、誰にも話せないような深い悩みや、自分がどう思われるかを気にしてしまう内容については、AIのほうが相談しやすいという意見がありました。また、悩みの種類や大きさによって、AIと友達を使い分けたいという意見もありました。このように、相談相手としてAIと友達のどちらを選ぶかについては、それぞれに異なる理由があり、意見が分かれる結果となりました。


二つ目の問いは、AIとの結婚が日本でもみられるようになっているが、社会はそれを受け入れるべきかという内容でした。

この問いに対しては、個人の自由や選択は尊重すべきだが、社会全体が受け入れることには難しさがあるという結論に至りました。特に、AIとの結婚を法的に認める場合、どこまでを結婚と認めるのかという基準があいまいになることや、AIには人権がないため、問題が起きたときに誰が責任を負うのかという課題が挙げられました。また、現在の結婚を前提とした法律や制度との間に問題が生じる可能性もあると考えられていました。


この議論を通して、AIは、客観的な情報のやりとりから感情面での悩みまで、私たちの生活の中で身近な存在になっていることが分かりました。一方で、AIを人間と同じような存在として受け入れることには、さまざまな課題があります。そのため、AIを人間と関わる存在としてどのように受け入れていくのかを考える必要があります。


二つ目の英語ニュースとそのディスカッションについて稲田が紹介します。


二つ目の記事では2026年カナダでのTumbler Ridge銃撃事件でのOpen AIによる犯罪の助長を被害者家族がOpen AIに対して訴訟を起こした事例が挙げられました。

Chat GPT 上の懸念をAI 企業の安全チームが認識していながらも、警察に通報しなかったことで責任の所在をAI 企業がどのような責任を負うべきなのかという問題が提起されています。


この記事に対する一つ目の質問は、「①銃撃事件などが示唆される内容がChatGPTで確認できる場合、AI企業は警察に通報するべきだと思いますか?」というものでした。議論の中では犯罪的な行動の基準はどこであるか、実際にその犯罪を実行するのか、この内容が危険であるのかどうか等の基準を決めることは難しいという意見が多数挙げられた。AI人間との会話の中で何が危険であるかを判断し、通報することは難しいため、AI企業と警察の連携や、人間によるチェックが必要になるのではないかという考えも見られました。


また、二つ目の質問では、「②暴力犯罪に自社のAIが関与しているとき、そのAI企業は法的に責任を負うべきだと思いますか?」が投げかけられました。一つ目の質問で上がった議論と同様に、どのように責任を取るのか、どんな場合に責任を取るべきなのかの基準を定めることは難しいという意見がありました。犯罪決行の最終判断は人間が行うため、企業は責任を取らなくて良いという考えが上がった反面、安全とプライベートのバランスをとるAIシステムの向上に努める責任はあるという意見も挙がり、様々な立場からの議論をすることが出来ました。


議論全体を通して、人間がAIを活用している現代ではこれが犯罪でなかったとしても、AIから得られた返答を実行したことによる失敗は、やはりそれを実行した人間に責任があるのではないかという事を改めて考えさせられました。AIの意見をどのように人間が参考にし、活用していくのかは私たちの身近な部分でも考えていくべき問題だと感じました。


続いて、『これからの「正義」の話をしよう』第1章から第6章までのディスカッションまとめを水野が紹介します。


今回は第1章から第6章までの振り返りを行うとともに、これまでの学びを踏まえて「現時点で自分にとっての正義とは何か」について意見を出し合いました。


まずは、これまで学んできた内容を振り返ります。

第1章では「正しいことをする」とはどういうことなのか、幸福・自由・美徳という3つの視点から正義の全体像を学びました。続く第2章では、社会全体の幸せを最大化しようとするベンサムの「功利主義」を取り上げ、少数派の権利が軽視されかねないという課題を考えました。第3章では自己所有権と個人の自由を最優先する自由至上主義(リバタリアニズム)について議論し、第4章では徴兵制や代理母問題をテーマに、お金では買えない道徳的な境界線を探りました。

さらに第5章では「結果ではなく道徳的な動機こそが重要である」とするカントの道徳哲学を学び、第6章では、自分がどのような立場になるかわからない状態を想像して公正なルールを決める、ジョン・ロールズの「無知のヴェール」という考え方に触れました。


これらの章を踏まえてゼミ生それぞれの「正義」について話し合ったところ、ロールズの公正な社会を支持する人が半数以上を占めました。一方でカントの動機重視や功利主義を支持する人が数名、まだ考えがまとまらないという人もおり、意見が分かれる結果となりました。


功利主義を支持する立場からは「社会全体のメリットが大きい点が魅力」という声が出た一方、「誰かが犠牲になることや、自分がその立場になることを考えると受け入れがたい」という慎重な意見も上がりました。「全員が合意していれば成り立ち得るのではないか」という仮説に対しては、「全員の合意をどうやって客観的に証明するのか」という鋭い指摘も飛び交いました。

こうした功利主義の弱点を補うものとして、ロールズが提示する「平等な自由の原則」や「格差原理」こそが、公正な社会を目指す上で有効なのではないかという議論へつながっていきました。


ゼミ生の意見の中で特に印象的だったのは、「時代背景と正義の関係」についての視点です。歴史上の思想家たちの理論を学ぶことは重要ですが、それらは当時の時代背景があって生まれたものです。現代という時代、そして一人ひとりが生きてきた背景によって考え方は異なるため、過去の理論をそのまま当てはめるのではなく、自分たちの頭で考え続けることが大切だという意見が出ました。


正義は決して一つではないからこそ、他者の立場や意見に寄り添い、対話を重ねていく姿勢が不可欠だと実感させられるディスカッションとなりました。