新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
令和5年の幕開け。
それは波乱に満ちたものだった。
今思えば、その予兆は年末から始まっていたのかも知れない。
人々が仕事納めをして年末年始の家族行事を楽しむ頃、神社の人間は年一忙しくなるのである。
無論私も例外ではない。
あれをしてこれをして、その次には、あ、これもやらなきゃと慌ただしい年末を迎えているというのに、何度もなる携帯電話。
クリスマス前後から自立歩行が出来なくなっていた利用者様。
ほぼ独居だからこそ、事前の対策をと様々提案していたのに、全部拒否。
何とかなるから、自分で何とかするからと言って、結局そのまま年越しをする事に。
でも直前でやっぱりどうにもならず、結局こちらにSOS.。
現場へ急行し、救急搬送。
貴重な年末の時間を半日奪われてしまった。
もう~、こうなる事が解っていたからあれ程言っていたのに~と、本当に泣きたい気分。
でもそんなことはまだ序の口だった。
年が明け、元日早々から続々届くスタッフからのライン。
内容はどれもコロナ陽性。
華桔梗の年始は4日からスタートだった。
年末年始の振替等もあり、デイサービスの利用者は過去最高値。
そんな中主要メンバーが3名欠員。
正月3が日、私の頭の中は、年始営業をどう乗り越えるかで一杯だった。
他部門からのヘルプで賄っても、重度の利用者が多数居ると、ケアに歪みが出来て事故の要因となる。
大切な利用者様方に、もしもの事があってはならない。
とは言え、5日間の年末年始休業が明け、やっとお風呂に入れる、やっと家族の負担を減らせると、血気盛んにやってくるであろう利用者様方々に、人手不足だからお休みしますとも言えず。
百歩譲って、休むにしても、事前に周知できていればともかく、当日になって言い出すなんて非常識は到底できない。
そんなことは華桔梗への信頼に関わるというものだ。
だからこそ、私は自らの犠牲を強いるしかなかった。
そう、父の事だ。
重度の認知症で、日常生活動作の全てに介護と看護を要する父は、特に手のかかる利用者の一人である。
この父が居るのと居ないのとでは、雲泥の差が出るというものだ。
そうなると、手段は一つ。
利用中のショートを延長するしかない。
幸か不幸か、昨年秋より温めてきた新ビジネスの新年スタートの為、年末年始を利用して実施していた事前実験も機器の不具合で中途中断を余儀なくされていた。
しかしお陰で父のショート利用延長は問題が無くなった訳である。
新ビジネスについては、年始から準備に向けてフル活動しなければならなかったが、そんなことを言っている場合ではなかった。
欠けたスタッフ分を補う為に、私自身も通常以外の仕事を担う事は必須。
新ビジネスの遅れはどこかで取り戻すしかないと腹を決め、ショート利用の延長を依頼しようとしていたその時。
今度はそのショート先から電話が入る訳。
ほら、もう嫌な予感がするでしょう?
年始はそんな幕開けでした。