父は穏やかに日常を取り戻した。

 

 はずだった。

 

 ところがである。

 

 興奮を抑制する薬を飲ますと、父は食事が上手くできない状態になっていた。

 

 退院後、3日間抜いて、テーブルを叩き始めたので、また再開したのだったが、そうして興奮を抑制する薬を使用すると、決まって父は食事が途中で止まり、眠り始める始末。

 

 これではこの延長線上に、必ず誤嚥性肺炎再発の文字がチラつくことになる。

 

 それでは遺憾と、結局興奮を抑制する薬は連日抜くことに。

 

 自宅はともかく、サービス利用中の暴言暴力が心配だったが、父を細目にケアしておれば、問題なく経過する事が判明し、父には興奮抑制の薬は使用しない事にした。

 

 お陰で父は毎日3食、しっかり食事する事が出来るようになったのである。

 

 しかし、一難去ってまた一難。

 

 どういう訳か、父は手が浮腫み始め、そこに水泡が出来るようになった。

 

 訪問診療の主治医に相談すると、診察の結果、皮膚科を受診するようにとの事。

 

 専門医にという事であれば、近所の皮膚科を探して受診しなければならない。

 

 ところが、父はリクライニング式車椅子なので、皮膚科の開業医を受診するとなると、侵入経路を確認する必要がある。

 

 バリアフリーと謳われるようになってもう数十年経つと思うが、意外に開業医となると、車椅子でも完全に診察室まで入れるようになっている所は少ない。

 

 スロープはあっても、途中に段差があったり、そもそもスロープすらない所もある。

 

 なので、まずは介助者の負担が少なく受診できる場所という視点で探すより他なかった。

 

 大きな病院は果てしなく時間がかかるし、それも負担である。

 

 結局、父には自宅近所でスロープがあり、一部小さな段差があるだけの皮膚科開業医の病院を受診してもらう事にした。

 

 父のような重度認知症の患者が受診する事等皆無なのだろう。

 

 病院スタッフの父を見るリアクションを見ていれば、それが容易に理解できた。

 

 診察室に入り、院長による診察を受けたが、水泡自体、手が浮腫んでいる事で起こる事もあるので、しばらく様子を看る様にとの事であった。

 

 そして、もし水泡が増えてくるようなら、もう一度受診するようにとの事。

 

 もう一度受診する。

 

 皮膚科を受診する。

 

 医師の皆さんは挙ってそう簡単に言うけれど、父の様に重度の認知症で、且つ身体障害者である場合、病院受診そのものがかなり介助者の負担になる事、御存知でしょうか?

 

 排泄も自覚がなく、いつ出るかわからないその人を、常に介助し、傍に居なければならない家族の気持ち、もう少しわかってくれても良いのでは?

 

 一度の診察で診断がつかない事もそりゃあるのかも知れないけど、患者を診て、連れて来る者の負担とか、その労力とか、想像して頂けません?

 

 そして可能なら、もし、このまま水泡が増えてくるようなら、この病気の可能性があるから、その時はこんな治療が必要になりますとか、それくらい言って頂きたい。

 

 苦労して受診して、経過を見ましょうそれだけだなんて、あまりに虚し過ぎる。

 

 誰にとっても貴重な時間。

 

 一回の受診でもそれが意味のあるものにしたいと思うのは私だけでしょうか?