自宅に戻り、少し呼びかけにも反応するようになった父。

 

 訪問診療がやってくるまでの時間に、父に対して、経口摂取を試しておきたかった。

 

 口からが全くダメなら、胃瘻用の食事を処方してもらう必要があったからだ。

 

 それに、経口摂取を試みての結果について等も主治医に相談できると考えていたからでもある。

 

 さて、父に、まず、何も与えるか。

 

 それは勿論、状況的に父が欲しいと求めているものが最適である。

 

 喉は十分乾いているはず。

 

 冷たくて喉越しが良く、ゼリー状になっている物。

 

 丁度、冷蔵庫には娘の部活用に買っておいたゼリー飲料があり、これ幸いと父に与える事にした。

 

 まずは反応を見る為に、唇に冷たいゼリー飲料の吸い口のみを当ててみる。

 

 すると父は欲するように吸おうとしていた。

 

 良し!いける!

 

 そう判断して、今度はその吸い口から少しゼリー飲料を流し込んでみる。

 

 すると父は待ち望んでいたかのように、ゴクリゴクリと上手に飲み込んだ。

 

 噎せる事等一度もなく、父はあれよあれよという間に、そのゼリー飲料を全て飲み干したのだった。

 

 それならば、次は続けて、ゼリー飲料より、形態を少し液状に近づけた冷たいとろみ茶を用意して、父に与えてみる。

 

 随分と喉が渇いていたのか、父はそのとろみ茶さえも、噎せることなく全て飲み干すことが出来た。

 

 良かった!

 

 これなら経口摂取で食事もいけるかも♪

 

 訪問診療にやってきた主治医には、父の経口摂取について結果報告し、今後の方針について、家族としての意向を伝えた。

 

 主治医は在宅診療をしているだけあって、私の話した意向に対し、本人や家族が決める事だ、自分達はそれに従うのみだと理解を示してくれた。

 

 ありがとうございます!

 

 この瞬間に私はこの主治医を信頼できると感じた。

 

 何もかも医者が決める理不尽さを目の当たりにしてきた私にとって、医師自らが本人や家族の意向を尊重してくれた事は、とても大きなことであった。

 

 以前からお世話になっていたあの病院のあの医師も、そうしたことが出来る医師だった。

 

 そしてまたここにもう一人。

 

 父の為に、父のこれからの人生の為に、何が大切で、何をどうしたいと考えているか、それをちゃんと聴いてくれる、そんな医師がいる。

 

 主治医が持つ影響力は計り知れないほど大きなものだ。

 

 父は人として尊敬できる医師に受け持ってもらう事が出来て、本当に幸せ者だと思う。

 

 身体の事、病気の事、処方や今後の治療方針等、主治医の良し悪しで大きく左右されることは多い。

 

 病も認知症状も重度になればなおさらだ。

 

 そこにおいて、診てやっている、治療してやっているというスタンスで来られると、患者も家族も何も言えなくなるものだ。

 

 医師であるならば、医師であるからこそ、人として尊敬できる人であって欲しい。

 

 素晴らしい医師達も本当に存在している。

 

 これまでそういう医師にも確かに出会ってきた。

 

 良い医師に出会えるかどうかは、難しい問題だけれど。

 

 

 でも出会う為の努力というのも確かに必要と私は思うかな。