主治医との電話連絡で、一刻も早く父を退院させたかったが、週末はショート利用になる事を考えると、タイミングも考えなければならない。

 

 なので入院が13日間になってしまうが、月曜日の退院を希望した。

 

 月曜日退院ならば、週末までの期間、じっくり自分が看れるからだ。

 

 ましてや、入院中、一度も口に飲食物を含んでないとなると、帰宅後の飲食について、慎重にならざるを得ない。

 

 特に初回の経口摂取は、誤嚥するかしないかで以後の飲食について判断が迫られる。

 

 初回の反応次第で、それ以後の飲食物の形態も考えなければならない。

 

 父の生理的反射のような、咀嚼と嚥下の機能が、13日間で完全に消え失せてしまっていたらどうしよう…

 

 そう迷いがあった事は事実だが、入院直前まで3食全量食べていた父を、以後経口摂取的絶飲食にするのはあまりに過酷過ぎると思い、私は、退院直後からの経口摂取リカバリーを決意していた。

 

 その日、病院はコロナ感染者急拡大の為、面会を中止しており、退院患者も荷物と一緒に玄関まで下りてくることになっていた。

 

 支払いを済ませ、病棟に連絡してもらい、玄関まで下りてきた父と、久しぶりの対面。

 

 一目見て私は愕然とした。

 

 これまで、入院毎に父は覚醒が悪い状態での退院だったが、取りあえず開眼しており、瞳を見ると、認知機能にはぼんやり霧がかかっているような感じに見て取れた。

 

 しかし、今回の退院時の父の様子は、これまでとは完全に違う。

 

 宙を見て、口を開いて、固まっている。

 

 呼びかけにも反応はなかった。

 

 頬の筋肉は落ち、人相も少し変わったが、何より認知機能の低下は大きく私を落胆させた。

 

 こんな状態で、本当に経口摂取できるのか?

 絶対誤嚥しそう…

 

 そう素直に感じた。

 

 もしも自分が言語聴覚士であるならば、専門的知識でもって経口摂取の為のトレーニングを行うところだが、生憎私はただの看護師。

 

 言語聴覚士や吸引器など、何でも揃っている病院で、是非とも経口摂取の為のトレーニングをお願いしたかったが、主治医の意見を踏まえれば、理解などしてもらえるはずがない。

 

 いざという時の為に安心して任せられる場所確保の為に利用した後方支援。

 

 そこでこんなことになろうとは…

 

 本当に残念でならない。

 

 退院のその日に訪問診療を受ける事にしていたので、今後の対応については、訪問診療の主治医と相談していく事にしよう…そう心に誓った私だった。

 

 父を受け取ってからの私は、とにかく意識的に沢山父に語り掛けた。

 

 車に乗る時も、道中走っている時も、部屋について荷物をさばいている時も、とにかくひたすら父に言葉を浴びせる。

 

 誰もいない病院の個室から、戸外に出た事、車で揺られた事、沢山話しかけられたことが功を奏したのか、自宅に戻ると父から反応が出るようになっていた。

 

 反応と言っても言葉ではなく、んーという音程度。

 

 それでも反応がないよりはいい。

 

 呼びかけに反応するようになれば、さて次は、問題の経口接収です!

 

 それは次回にお話ししましょう。