退院した日の夕刻。

 

 私はこれまで通り、父に夕食を準備し、手に箸を持たせ、食事するように促した。

 

 しかし、父は箸を持てなかったのだ。

 

 箸を渡しても、棒を握るように箸を握り、次の瞬間にはポトンと落とすのだった。

 

 食事を前にしても、まるで食べる意思がないかのように、ただ茫然としている。

 

 目の前にあるものが食事であるという認識すらないように見て取れた。

 

 口を開かず、無理やり入れても飲み込まず、諦めてこの日は完全胃瘻依存。

 

 元気な右手を払いのけながら、何とか胃瘻からの栄養投入を完了し、使用した胃瘻器具を消毒。

 

 やれやれ、本当にまた一段と大変になってしまったと、私は大きなため息をついた。

 

 けど、これまでと大きく違うところはやはり胃瘻があるという事。

 

 口から駄目でも胃瘻からなら何でも届けられる。

 

 覚醒を上げるために、在宅生活を継続しながら、また微妙な処方調整をやらなければと考えたのだった。

 

 この時胃瘻から投入したのは栄養を凝縮したドリンクで、病院の指示通り、2缶使用したのだが、正直就寝前にこれだけ摂取させるって、どうなんだろうって疑問に感じた。

 

 以前内科ドクターが夕食は、最低でも寝る前2時間前に済ませるのが健康的と話していたっけ。

 

 交感神経、副交感神経の関係で、眠れば消化機能は鈍化する。

 

 胃にいっぱい入れた物がしっかり消化されるまで就寝は避けなければならない。

 

 でもこれがどうして、夕食後の薬には眠剤がしっかり入っているのです。

 

 口から物を食べた時は、最初の一口を咀嚼して嚥下した瞬間から、胃は食物投入に気付いて、消化作業を開始する。

 

 胃瘻で入れた場合、咀嚼も嚥下もしないから、消化機能鈍くならない?

 

 そんなことを気にしながら朝を迎えたけど、父は夜ぐっすり眠って、朝から目覚めは良い。

 

 だけど、なんか覚醒悪くって。

 

 案の定、食事は口から食べません。

 

 それならまた胃瘻をしなければならないのだけれど、ちょっと待って。

 

 お腹すいてなかったら、食べろと言っても食べないよね?

 

 それならまずは、めっちゃ空腹にしてみたら?

 

 って事で、身内の独断。

 

 朝食抜きでデイサービスへ。

 

 そしたらほらね。

 

 デイでの昼食。

 

 食べる食べるめっちゃ食べた。

 

 途中で止まったり、口を開けなくなったりはしたけど、何とか経口摂取完了です。

 

 それでもやっぱり水分は入りにくくて、必要な水分量確保の為に、胃瘻をしっかり使いました。

 

 食べないからと言って胃瘻を繰り返せば、ただ生かされているだけの悪循環にはまってしまう。

 

 口から食べさせるためにはまず空腹が必須条件だ。

 

 夕食時も空腹でその時間を迎えられるように、おやつは無しにしてもらいました。

 

 するとね、ほらね、食べるんです!

 

 時々止まるし、口開けないし、たまに口にも溜めるけど、何とか1食分は食べたのです。

 

 それならそれで、次は必ず箸を持たせることにトライ。

 

 食事度に箸を持たせる。

 

 始めは握っていたけど、次第に正しい持ち方で持てるようになり、何と今では覚醒が超良い時には、箸でつまんで口まで運ぶようになった。

 

 在宅生活での父の目覚ましい変化はこれだけに留まらない。

 

 だけど、続きは次回にお話しさせて頂きますね。