その電話は休日の朝早くにかかってきた。
まだゆっくりしていたい時間だったけれど、父が入院している病院からの電話だったので、私は瞬時に気が引き締まった。
父が車椅子から転落し、頭部を強打したという。
病院で、急遽CT検査が行われ、新しく脳内の出血が2カ所みられるとの事であった。
電話で看護師は謝罪し、主治医からも詳しい説明が出来るが、電話か面談か、希望を聞かれた。
面談ならばCTの画像も見られるし、父本人にも会えるというので、私はその日予定をキャンセルして、急ぎ病院に向かった。
病室で父は、ベッド上で食事介助を受けていた。
ルート確保もしてある。
普段は車椅子でホールにて食事介助を受ける父だが、転落による頭部強打の為、面会時はまだ安静指示が出ていたのだろう。
父は私の心配をよそに、けろりとした表情で、私を見ていた。
話しかけ、手を握り、父の瞳を見つめる。
大丈夫、今のところ大きな変化はない。
ほっと一安心してから、転倒の状況説明と診察の結果を聞いた。
車椅子に座っていた父が、身を乗り出した時、バランスを崩して車椅子から転落し、床で頭部を打ったとの事であった。
バランスを崩す。
そう、父には左足が無い。
左手も麻痺していて、瞬時に適格に動かすことが出来ない。
だから父が身を乗り出せば、左にふらついた時、踏ん張る足も、支える腕もない訳だから、当然転落するのである。
病院側の失敗は、車椅子に座らせた父を、テーブルに着かせていなかったという事。
テーブルに着かせていれば、父は立ち上がろうとはしないし(立てないけど)、身を乗り出そうともしない。
テーブルが見えているから、動きたい欲求があった時、まずテーブルを叩くなどのアクションを起こす。
今回の転落は、その防御となるはずのテーブルがないところで、車椅子の父が一人になる瞬間があってしまったことが原因。
休日だというのに、わざわざ病院に駆けつけての主治医の懇切丁寧な説明と、担当看護師からの謝罪を受け、私には病院を責める気など微塵もない。
病院側に確かに過失はあったと思うけれど、誰も故意に起こした事ではない。
それにお世話になっておれば、そういう事もあるものです。
残念だったのは、転倒事故を受けて、抑制帯の使用許可の申し出があった事。
いや、許可しましたよ。
また、転落して頭部強打して欲しくなかったので。
でもね、抑制帯、それ自体が人権を無視しているようで、私は本当に嫌いです。
認知症の人を、世間では要介護者とか、要支援者とか、何か支援する側の自分達との対極にある人の様に表現するけれど、認知症の人も、自分と同じだよ。
私はそう思います。
雑に扱われたら、当然起こるし、優しくされたら嬉しいよ。
自分のしたい事を抑制されたらイライラするし、ごまかされても腹が立つ。
縛ったり、策をしたり、取り上げたりしなくても、きっとあるよ、安全な方法が。
個別性を大事にして、きちんと向き合って対話すれば、見えてくるんじゃないかな。その方法。
私はそう思います。