以前、ケアマネの研修で歯科衛生士から認知症患者の口腔清潔という内容の講義を受けた事がある。

 

 その時の歯科衛生士も言っていた。認知症の方の食事の後は、口腔内が想像以上に汚れていると。

 

 そう、そう、そう、そうなのです!

 

 認知症の人でも普通に会話できる人もいるし、父も、言葉自体は発するし、その発音は至ってまとも。認知症故に、意味不明な返答が殆どではあるが、例えば、舌の動きが悪くて発音が不明瞭という事はない。

 

 なのにである。

 

 父が一度食事をすると、食後にどれだけお茶を飲ませても、その後の口腔内は、食物残渣物で溢れている。

 

 上の歯茎と唇の間とか、下の歯茎と唇の間、歯と歯の間、歯そのものにもしっかりと、今まで食べていたものが詰まっているのである。

 

 何故にここまで詰まるのか、そのメカニズムは分からないけど、とにかく凄い。

 

 だから、父には食事の度に歯磨きが必須なのである。

 

 しかしこの歯磨きが、これまた想像以上に大変で、父の介護行為の中で、最も重要で且つ最も技術を要するものと言えるだろう。

 

 何故なら、父には歯磨きしましょうと言ったところで、今から歯磨きをするというスイッチは入らない。嗽をしてとか、口を開けてと言ったところで、その通りには出来ないからである。

 

 だが、そんな父にも歯磨きをするというスイッチを入れる方法はある!

 

 このスイッチさえ入れることが出来れば、介護提供自体が格段にやりやすくなるのである。

 

 具体的には、食後の父に歯磨きを促しながら、洗面所に移動し、コップに水を溜めながら、水の流れる音を聞かし、その映像を視覚でも捉えてもらう。

 

 そして、入歯を外すよ、口を開けてと伝えると、何となく父に伝わったようで、スムーズに口を開けてもらえる。

 

 上の入れ歯、下の入れ歯と順に外したら、その入れ歯は流れる水で溢れているコップの中に投入し、まずは濯ぐ。

 

 先に入れ歯を磨くねと言いながら、父の見ている前で、入歯を歯ブラシで磨く。

 

 歯磨き粉もしっかりつけて、シャカシャカと磨く。

 

 そしてその後、十分な流水とコップ内の水で入歯をしっかり濯ぐのである。

 

 重要なのは、その行為を父に見せる事。

 

 その音を父に聞かせる事。

 

 そうすることで父にも歯を磨くという事が認知できるようになる。

 

 そして入れ歯が綺麗になったら、じゃ、今度は口の中磨くね、と言いながら、歯ブラシを口の中に入れる。

 

 歯を磨きながらではあるけれど、口の中の食物残渣物を歯ブラシでかき出すように磨くのである。

 

 この時、父の下唇にはティッシュを数枚用意しておき、かき出した残渣物と汚れを一緒に拭い取る。

 

 あまり力を入れすぎると、歯茎の痛みの為に声を上げるし、痛みを与えてしまうと、その後は抵抗するようになる。

 

 だから、力加減にも配慮しつつ、上手くかき出す技術が必要になる。

 

 大きな残渣物を取り切れたら、まず嗽である。

 

 流水の音を聞かし、嗽を促す。

 

 嗽と言っても父には伝わらないから、毎回私が使う言葉は、ぐちゅぐちゅぺ~。

 

 ここで重要なのは、洗面台をコンコンとたたきながら、父にここに出してと、何処に吐き出すかを伝える事。

 

 父は音に敏感だった。

 

 だから音を聞かせて場所を特定させるのである。

 

 後は身体を支えて前傾姿勢を保持しながら、数回、ぐちゅぐちゅぺ~と言いながらコップで水を含ませると、声掛けに合わせるかの様に水を吐き出すことが出来る。

 

 だけど悲しいかな、歯ブラシだけでは到底綺麗にすることは不可能で、いつもこの後、歯間ブラシを使って、歯と歯の間や、歯茎のくぼみ、歯にできた穴等に詰まった残渣物を取り切っている。

 

 そして、また嗽。

 

 朝なら、この後入れ歯を装着し、はい、今日も綺麗になりました、気持ちよくなって良かったねと言って、朝の歯磨きを締めくくるのである。

 

 毎朝、毎晩、本当に大変だけど、今以上に介護量が増えない為には重要な行為であり、毎日欠かさず頑張っている。

 

 私って偉いでしょ?

 

 自画自賛万歳!