習慣とは恐ろしいものだ。

 

 どんなにありえない事であっても、繰り返し繰り返し、何度も経験すれば、それはやがて習慣になり、ありえない事だと思っていた事にも慣れてしまうのだから。

 

 父が強い眠剤の内服によって、ぐっすり眠ったのはほんの一晩の事であった。翌日からはまたいつものように発声したりゴソゴソしたりと眠らない日々。

 

 でもここで即座にあきらめてはいけないのである。

 

 一カ月の間、毎晩毎晩2時間毎のオムツチェックや交換で、浅い眠りで過ごした(推測)父は、もうすっかり浅い眠りが習慣化されているのだ。

 

 少なくとも私はそう感じた。

 

 突発的に強い眠剤投与という、普段と違う事をして、反動的に一晩だけぐっすり眠りはしたが、一旦染みついた習慣を綺麗に書き直すまでには、習慣化した時と同じだけの時間がかかる。私はそう考えて、一カ月はじっくり、ただひたすら我慢と決め込み、毎日毎晩繰り返し同じ生活時間、同じ量の眠剤投与を続けた。

 

 眠剤の効果はどこに行ったのだ?

 

 そう思う日々ではあったが、ようやく1ヶ月が過ぎた頃、ついに状況が変わってきたのである。

 

 習慣とは素晴らしいものだ。

 

 あれだけ眠らなかった父が、眠剤の力を借りているとは言え、夜は眠るという習慣が再び戻ってきたのである。夜にぐっすり眠れる日が続くと、日中の活動もより良く改善され、父の生活は退院直後と比較すると随分良くなった。

 

 勿論そこには睡眠以外での習慣化を利用した介護者の努力があった訳である。

 

 具体的にご説明すると、例えば、退院後の父は、歯磨きが全くできなかった。勿論、今でも自分で歯を磨くということは出来ないが、当時は口に含んだ水を吐き出すことさえ出来なかった。

 

 その父の歯を磨き、口腔内を綺麗にするケアを施すことは、大変な作業だった。口に含んだ水を誤嚥させてもいけないし、歯を磨いた状態で歯磨き粉だらけの口に、含んだ水を飲まれてしまう事にも抵抗がある。

 

 夜眠らない父が、朝食後に歯を磨く時、口に含んだ水を出せなくても、姿勢を整え、声掛けをし、吐き出す場所を指示する。それでもできない時は、口に指をかけ、水を流し出す作業を行った。

 

 タイミングはいつも同じ、声掛けもいつも同じ。

 

 そしてただ毎日繰り返す。

 

 夜眠れるようになって、日中の覚醒状態が良くなるのを待つのではなく、睡眠も生活習慣も、退院と同時に新たな習慣化を始めたのである。

 

 そして今では、父は歯を磨くことは出来なくても、毎食後に歯を磨くこと、磨いた後には含んだ水を吐き出すことを習慣化することが出来た。時にはつい飲み込んでしまったり、覚醒が悪く、支持が入らない事もあるが、それでもあの退院当時に比べれば、父の介護は幾分もしやすくなったのである。

 

 これこそが介護の力。

 

 毎日同じ生活習慣を繰り返し行う事で、認知症の人でも認知しやすくなるという訳。

 

 習慣とは恐ろしくもあり、素晴らしくもあるという事である。