それは、父の退院の日取りが決まり、前もって行われた退院カンファレンスによって明らかになった事実であった。

 

 私がこの病院を信頼していたのは、初めの入院後のリハビリ、二度目の癲癇発作時の入院において、回復期病棟での看護・介護を受けた経験からである。回復期病棟で依頼したことは当然今回の入院でも引き継ぎされていると思い込んでいた。

 

 主治医が同じであっても、担当する病棟が違えば全く違う病院に入院するというように認識するべきであったと、今は後悔している。何故なら、この退院カンファレンスにおいて初めて、私があれ程重要視していた夜間の良眠が今回は守られていなかったという事実を知ったからである。

 

 病院というところは、嫌、病院に限らない、組織というものは如何に連携が取れるかという事が最重要と私は考える。「個別性」と、研修やら講義やらでどれだけ並べ立てても、現場で実践出来なければ元も子もない。当たり前に夜間のおむつ交換を行う今の医療現場で、それをしないで欲しいという依頼は、かなり特異的な個別性ではないのか?医療連携室は病院と外部との連携を担う場所。では病院内の連携は誰が担うというのか。

 

 私が迂闊だった。

 

 病棟が違う以上、全て0から伝える必要があったのだろう。父は誤嚥性肺炎での約1ヶ月、毎晩2時間毎にオムツのチェックをされ、睡眠中でもオムツ交換されていたのだ。

 

 例の看護師は眠っている父は体位変換でもオムツ交換でも目覚めることはなかったと言ったが、前回お伝えしたように、現状と異なる報告をする者だ。もはやそれが真実とは思えない。父は一般病棟での入院で、大切な睡眠のリズムを狂わされた。入院中会いに行くと、父の覚醒状態が悪かったのも今となっては合致する。

 

 夜間の良眠得られずして、何が認知症介護なのだ。

 

 脳にとって睡眠程大切なものはないというのに、未だに医療現場でも当たり前に夜間のおむつ交換を行う。それはシーツの尿汚染を防ぎたいからでしょう?

 

 誰の為の行為?

 

 日中は発声が多かったとか、覚醒が悪かったとか、自分達の提供する看護に間違いはなかったか?と自問自答はしないのか?当たり前の中で、当たり前のようにマニュアル通りの仕事をすると必ずこうなる。だから私は自社のスタッフには必ず常に自分で考えろと話す。

 

 どうすればできるか、どうすることが相手の利益になるかを。

 

 悲しいことに、病院の大きさや知名度等は何ら関係ない話。仕事は人である。その人が如何に誠実に如何に寄り添って仕事をしてくれるかである。

 

 生活の為に仕事はしても、医療や看護・介護を提供する者は商売人ではない。健全な経営上、ボランティアは出来ないが、自社の利益ばかりを重んじる事業者は、この業界には相応しくない。しかし、医療保険も介護保険も一般企業から見れば非常に魅力的な業界で、どんどん参入してきている。

 

 だからブラックな業者が数多く居るというのも確実且つ悲しい現実なのである。