その日、私は一般病棟に入院中の父の様子を見に病室へと赴いた。

 

 元々、病院から呼び出されており、話し合いのある日だったので、予定の時刻より少し早めに行き、父の様子を見に行ったのだった。

 

 午後3時を回り、もう夕刻が近づこうかという時刻。父はベッドで横になっていた。眠ってはおらず、ベッド上で一人何かしゃべっている。近づくと、私に気づいて、何やら話しかけてきた。

 

 父を一目見ただけで、そこでの父がどのように過ごしているか、ある程度の事はわかってしまう。着ている服や、父の身だしなみで、回復期病棟での暮らしとはまるで違うという事が見て取れた。私はすぐ心配になって、父の口の中をチェック。

 

 やっぱり・・・

 

 父の口の中は、昼食後の残骸が夥しい程残っており、異臭すらする。誤嚥性肺炎で入院治療中の父なのに、これ程口腔内が汚れていたのでは、またいつ何時再発してもおかしくない。ここは、この病棟はこれまでの安心は期待できないところなのだと私は認識した。そうなると、必要な治療が終わり次第、長居は禁物。しっかりした介護提供で父の生活環境を再構築しなければ、認知機能の更なる低下は止められない。

 

 父が入院し、一度またパラダイスのように仕事に邁進していた私であったが、自分を戒め、早く退院させなければと決意したのだった。

 

 そして、その思いをより一層強めたのが、この後開かれた担当医師や看護師による報告会である。

 

 一連の治療経過、看護経過、リハビリ経過の報告を終え、いつも通り終了する。その中で、私が耳を疑ったのは、担当看護師が放った言葉だった。誤嚥性肺炎で入院治療している父の、口腔内の清潔について、その実施状況を問うた時の回答だった。

 

 食後に必ず綺麗にしている。

 食直後という訳にはいかないが、口の中に食物残渣がいつまでも残っているという事は決してありません。

 

 彼はそう断言したのだった。あまりにそう自信たっぷりに話すので、私は何も言えなかった。

 

 いや、今見てきたけど、酷い有様だったけど?

 

 そんなこと、この雰囲気で言えるはずはない。もし言えば、彼のメンツを激しく傷つけてしまう。私はあえて、そうですか、わかりましたと告げたに終え、医師に、お願いしていた7時の薬の終了がいつになるかを聞き、その日程に合わせて無理のないように退院したい旨を申し出て、日取りを決めた。

 

 医師の反応から、早い段階での退院希望が想定外であったように感じられたが、きっと医師には病棟による違いの大きさが正確には把握できないのだろうと私は思った。

 

 身内を預ける家族として、相手に求めるものは何か?

 

 知識?技術?

 

 いや、医療や介護にとって、何よりも大切なものとは、誠実さ。これに尽きると私は思う。

 

 人は神ではないし、仏でもない。人なればこそ失敗もするし、限界もある。しかしどんな結果であったにせよ、まずは事実を誠実に告げる。基本中の基本である。それが出来なければもはや医療や看護、介護に携わる以前の問題ということだ。