はじめまして、私は一般社団法人がんチャレンジャーの代表を務めている花木裕介と申します。

「がん罹患経験者にかかわる方専門の産業カウンセラー」として、これまでに延べ1万人を超えるがん罹患経験者にかかわる方に向けて、コンテンツ制作(冊子、動画、リサーチ、ウェブコンテンツなど)や研修・セミナーによる情報提供や、個別の相談対応を行ってきました。

がんは、いまや日本において、「生涯で2人に1人がかかる」と言われているほどの国民病であり、たとえ自分自身がかからなかったとしても、今後周囲の方がかかってしまうことは高い確率で起こってきます。

一方で、がん罹患経験者に対してどのようなかかわりをしていけばよいかを正しく理解していたり、実際にかかわった経験をすでに有していたりする方は、私の実感値として決して多くはないように思います。だからこそ、少なくない方が、我々の法人に、「どうやってかかわったらいいのだろうか」「このかかわりは正しかったのだろうか?」と相談に来られるのでしょう。

また、国立がん研究センターがん対策情報センターの統計(令和元年発行)によれば、がん罹患者の約3人に1人が、就労世代(20~64歳)の方々であるということも分かってきています。つまり、まだ大きなライフイベントを経験していなかったり、仕事で夢や目標を持っていたり、家族を懸命に養ったりしている世代の方々ががんに罹患しているのです。

全体の5年生存率はすでに60%を超えてきており、がんは長く付き合っていく病気になりつつあります。それはそれで望ましいことである一方、がん罹患は一人ひとりの人生に大きな影響を与え、時にその後の長い人生において大切なものを奪い去ってしまうだけでなく、消えることのない喪失感を残してしまうこともあるのです。

私自身、2017年11月に中咽頭がんの宣告を受け、その後約9ヶ月間休職し、治療・療養を行いました。今は経過観察をしながら、フルタイム勤務の傍ら、一般社団法人の活動をしています。

罹患前は、フルタイム勤務の職場で管理職になるという目標を持っていましたが、罹患後、その目標は遥か彼方へ遠のいていきました。「人の管理の前に、自分の体をしっかり管理することに専念しようね」という勤務先の方針に、反論の余地もありませんでした。さらに、2021年には局所再発……。

それならばと、2019年に立ち上げた一般社団法人で活動してはいるものの、がん罹患によって失ったものはそう簡単に割り切れるものではないことを肌で感じています。

そして、ヒアリングやインタビューを重ねていくうちに、私だけでなく多くの罹患経験者の方も、私と同じような葛藤を抱えていらっしゃるということが分かってきました。その事実を「一人でも多くのがん罹患経験者にかかわる方に伝えていきたい」と思ったことが、この書籍を作ろうと思った原点です。

「キャンサーギフト」という言葉があります。
がんに罹患したことで、得られたこと、新たな気づき、行動などの贈り物をさす言葉のようです。

私にも、そのようなギフトが確かにありました。

健常者のままでは出会えない方々との出会いや、忘れていた周囲への感謝の気持ち、そして、一般社団法人の立ち上げなどもキャンサーギフトに当たるのかもしれません。

でも、これはがん宣告から数年たち、振り返ってみてようやくそう思えることで、宣告から1〜2年はまさに「キャンサーロスト」の連続でした。

健康は失われ、金銭的にも苦しい。描いていたキャリアも奪われ、途方に暮れていました
そして、こうした状況を徐々に受け入れながら、模索していった先に、キャンサーギフトと思える事柄を結果的に得られたに過ぎないのです。

ですから、キャンサーギフトという言葉自体に嫌悪感はないものの、罹患直後に、

「あなたにもキャンサーギフトが待っているはず」
「これを乗り越えたら成長できるよ」
「新しい自分になるチャンスだよ」

といった前向きな声掛けをされたときは正直しんどかったですね。

いやいや、あなたに今の俺の何がわかるの?と。

とはいえ、私の場合は、なんとか回復に向けて治療もできましたし、勤務先から肩を叩かれたわけでもなく、失われたものはたかが知れている。

でも、私の知るがん罹患経験者の方々の中には、それこそ生涯をかけていた仕事を奪われたり、出産の夢を失ったり、就職ができなかったり、さらには未来が閉ざされてしまったりと、私などとは比較にならないほどのキャンサーロストを抱えている方も大勢いらっしゃいます。

そして、そのことを表面上は見せることなく、明るく振る舞っている方もいらっしゃいます
人間、そんなに簡単にポジティブにはなれません。ゆっくり時間をかけて、グラデーションのように、徐々に徐々に100%とはいかないまでもロストを受け入れていくものです。この感覚は、人生で挫折を味わった健常者の方々にも共通する部分かもしれません

ただでさえ生き難くなったこの日本社会において、がん罹患者である私たちは、決して完全には乗り越えることのできない喪失感(キャンサーロスト)を抱えて生きています。今こそ、その事実に目を向けてみてほしいのです。なぜなら、この物語は、1/2の確率で、いつかあなたにも起こりうることだから……。

それでは最後までどうぞお付き合いください。

(続く)