結婚と出産その3 | 自由に、自分らしく、幸せに生きよう 光花のブログ

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自分を取り戻すためにやっていることや、自分を使って実験した結果、日々の生活の記録など、思い付くままに書いています。

こんにちは。光花です。


続きです。


旦那さんの事は大好きだし、旦那さんも私を大好きでいてくれている。


が、しかし、そうはいっても、全く違う環境で育ってきた者同士が、一緒に暮らすと、どうしてもぶつかることも出てくる。


自分が生まれて、生きてきた環境がすべてで、それが普通で、常識だとお互いに思っているものだから、当然と言えば当然だ。


私たちの場合は家庭環境が、真逆と言っても過言ではないような家庭でそれぞれ育った。


だから、結婚当初はケンカもたくさんした。


それでも、落ち着いた頃に、あの時は私はこう思って、だから、ああいうことを言ったんだと、冷静に、できるかぎり正直に、説明すると、


旦那さんは、ああ、そうだったのか、と理解しようとしてくれる。


旦那さんも正直に、ちゃんと思ったことを話してくれる。


そうすると、たいがい、私が勝手に傷つけられたとか、バカにされたと解釈して、怒っているというパターンが見えてきた。


私の受け取り方が、ねじ曲がっていたのだ。


旦那さんの言葉は、文字通りそのまま受け取ればいい。


その言葉の裏には、悪意のかけらもない、ということが次第にわかってきて、力が抜けた。


私が育った家では、いつも、嫌味を言われたり、バカにされたりすることばかりだったので、


常に臨戦態勢をとっていなければならず、大人はみんな裏表があり、人を貶そうとするものだと思っていた。


けれど、旦那さんはそうじゃない人だった。


そして、旦那さんのように、裏表がなく、心から信用できる本当にいい人も、世の中には実はたくさんいるのだということを知る。


本当に良かった。



ちょっと抽象的すぎるので、ここで具体例を挙げてみようと思う。


たとえば、旦那さんが仕事から帰ってきたとき、不機嫌そうにしているとする。


玄関先で「つかれた~」と連発している。


こういった状況の時、私は勝手にそわそわしてくる。


私が責められているのではないかと、勝手にとらえるのだ。


わたしばかりラクしてごめんね、と罪悪感にさいなまれる。


なんとか機嫌を直してもらわなきゃいけないと思ったり、反対にイライラをまき散らさないでと心の中で責めたりもする。


それで、勝手に私まで振り回されて不機嫌になる。


こういうことを一人でやっている。


だけど、旦那さんは、ただ単に仕事で疲れていて、それなりにストレスもあって、家に帰ってきてそれを吐き出しているだけ。


決して私を責めてなどいない。そんなつもりはさらさらない。


そこで、さらに私が不機嫌だと、かなりツラいらしい。


そういう時は、私は何も気にせずに、普通にしてくれてていいのだそう。


欲を言えば、ニコニコご機嫌だとうれしいのだとか。


そういうことであれば、私は喜んで自分で自分をご機嫌にすることに集中させてもらおう。


そんなことなら、お安い御用だ。心がパーッと晴れ渡るようだ。



自由に好きなだけイライラを吐き出させてあげることも、一つの愛情の形。


人の機嫌を取って、無理やり人の気持ちまでコントロールするのは、かえって傲慢なことなのだ。


今までは、知らなかったけど。


気を遣って、気を利かせて、機嫌を取っていないといけない家に住んでいたので、わからなかった。


そういう一つ一つの事を、丁寧に、お互いが歩み寄り、開示していくことで、私たちは成長している。


私たちにとってふさわしい、幸せな形を模索して、作り上げて、家族になっている。


それこそが、私が欲しくてたまらなかった、絆なのだと思っている。


そしてこれからも、同じようにして生きていく。


どちらが正しいか正しくないかではなく、どちらがお互いにとって心地いいかを、正直に心を開いて話あっていけば、これからもずっと、私たちは成長していけると信じている。