期待したことが裏切られると、、、 | 自由に、自分らしく、幸せに生きよう 光花のブログ

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自分を取り戻すためにやっていることや、自分を使って実験した結果、日々の生活の記録など、思い付くままに書いています。

こんにちは。光花です。


私の場合、期待したことが裏切られると、怒りの感情が出てくるのだな、ということに気が付きました。


きっとこうなるに違いないと思っていたことが、そうならないと、反射的に怒りが出てくる。


もう、癖ですね。


あたかも瞬間湯沸かし器のようにカーっとなるのですが、そのとき、私の頭の中ではどんな思いが駆け巡っているのかということを、分析してみようと思います。


怒りの、その奥には、実は本当の感情が隠されていることが多いのでね。。。


わかりやすいように例を挙げてみます。



息子の学校では、もうすぐ、期末テストがあるのですが、そのテストは、受験を控えた子どもにとっては、それはそれは大事なもので、息子はそのテストに向けて、2週間ほど前から着々と勉強を進めていたわけです。



今までは、私が勉強を見てあげることはほとんどなかったのですが、通信簿を隠す事件が発生したことや、とても大事なテストだということもあり、今回はしっかりやっているのかをチェックすることにしたのです。


息子なりに今までになく、まじめに取り組んでいたので、いいぞ! その調子と思っていたところでした。


主に学校のワークを使って勉強しているのですが、ワークの答えを学校においておくことに決まっているらしく、家では丸付けが出来ないのです。


それで、明日、必ず学校で丸付けをしてくるようにと、前日にきつく言い聞かせたのでした。


しかし、あれほど丸付けをして来いと言ったにもかかわらず、丸付けするの忘れたと言うのです。


そのわけを聞くと、


「ワークの答えがなかった、間違えてうちに持ってきてるかもしれない」


と言うので、「じゃあ、部屋の中探してみなさい」


と言うと、しばらく探した後に、


「学校のロッカーにあるんだった」


というので、学校が閉まる前に取りに行こうと、車をガンガンに飛ばして学校まで行ったのです。


昇降口のカギは開いていましたが、もう、電気がほとんど消えていて、ぎりぎりセーフというような感じでした。


息子は軽やかに走ってワークの答えを取りに行きました。


その間、数名の生徒が薄暗い中を帰っていきました。


私は車の中で、白っぽいワークの答えを手に、息子が走って戻ってくるのを想像しながら待っていました。


しばらくして息子は走ってきました。


手には何も持っていません。


恥ずかしいから腹のところにでも隠してるのかなと思いながら


「あった?」と聞くと、「なかった」と言うのです。


ここで、私の怒りが爆発しました。


わざわざ、夕方のクソ忙しい中を、車を飛ばしてせっかくここまで来てやったのに、どういうこと?


すごい剣幕でまくしたてながら、私は、ふと、思ったのです。


この怒りのパターン、よくあるなと。


期待を裏切られると、頭にくる。


「せっかく」というこのフレーズ。。。


私がこれだけやってあげたのだから、当然あなたもそれ相当のことをやらなければいけない。


おそらく私の中に、こういう思い込みがあるのではないかと思います。


このルールに反することがおきると、私は反射的に怒り狂うということになります。


そこには、私がやってあげたことがきちんとわかってもらえていない、私のことが大切にされていない、という不満や、この先困ったことになるかも知れないという不安など、様々な感情が渦巻いていることに気が付きます。


それが、私の場合は怒りに変換して表現しているということのようです。


結局、部屋の中をもう一度くまなく探させたら、ワークの答えが出てきました。


どっと疲れました。


まずは、部屋を片づけろ、と息子に言うべきですね。