10月、某学会にて、口頭発表をしてきました。


全国大会では久しぶりの発表ですが、数年前と比べると、格段に緊張しなくなりました。

これが、「慣れ」なのか「馴れ」なのかは、よく分かりませんが・・・。


今回取り扱った内容が、私には大きすぎて手に負えず、問題だけ投げかけて終了・・・という趣。

手応えとしては、特に叩かれもしなかったが、賛同も得られず、というところでしょうか。。


救いは、何とか「投稿勧告」をもらえたこと。

推測するに、「奨励賞の受賞者が、その学会誌に論文が載ったことがないというのはまずいから、何とか書かせよう」という、先生方のお心遣いでしょう。・・・・・・頑張らねば!



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いわゆる学界に入って10年ほど。

さまざまな学会の末席に加えてもらい、おかげさまで色んな人と知り合いになれました。



でも、学会に参加するたび、心は振り子みたいにぐらぐら揺れます。


ある時は「わたし、ここに居る意味があるの?」と孤独感を感じたり、

ある時は「ここが私の居場所だ」と安心感を抱いたり。



「誰が何と言おうと、研究の世界で頑張るんだ!」と言えるだけの決意は、やっぱりまだないけれど、私には「これしかない」という『覚悟』は、おぼろげながら芽生えてきているように思います。




10年という歳月を費やしてきたんだもの。


しがみつかなきゃ。これくらいの貪欲さ、持ってもいいよね。



博士課程を修了して二年。

今年は有り難くも非常勤の職をいただきました。

周りから見れば、順風満帆に研究者への道のりを歩んでいるように見えると思います。


けれど、この二年間、迷わない日はありませんでした。


「いつ、研究から手を退こうか」



それは、自分の実力や才能に限界を感じているからです。このまま研究を続けても、芽が出る可能性は限りなく低いのではないか、と。

肩書きと実力は比例しません。今の私には、「博士」「非常勤講師」という肩書きに釣り合うだけの実力は、ないです。


実力のない者が、今後正規の職を得られるはずもありません。


それともうひとつ自問自答。


「本当に研究者になりたいのか?」



博士課程を卒業してから、働くこと、お金の大切さを身にしみて感じました。同時に、「生きるために稼ぐ」というシンプルな生活が、とても正しい形のように思えたのです。


お金にならない研究に血道をあげ、汲々とした日々を送ってまで、目指すべき仕事なのだろうか、研究者という仕事は。


もう、夢見る年齢でもなければ、無理の利く年齢でもありません。

足元をしっかり見て、将来の計画を建てないといけないなと思うのです。
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・・・・・・。

ずっと前に、ブログ書こうとして画像だけ先にアップしていた。。。
一旦消したつもりだったのに、今日久々にみたら、画像だけがぽつねんと・・・・!!!


すみません!




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というわけで、仕切り直し。

上の画像は、5月におじゃました、某女子大学さんです☆
友達が在籍しているので、遊びに行かせてもらいました。

門を入って正面の建物が、これ。
重要文化財だそうで、レトロで重厚で上品。
中にももちろん入りましたが、大正の雰囲気を感じましたよ。


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で。

こちらは、教会の中♪♪

構内に教会があって、在学生や卒業生はそこで結婚式も挙げられるそうです^^

ステンドグラスが素敵でしょ!

赤や緑やとりどりのガラスが、重厚な石の壁を彩ります。

中はひんやりとしていて、「しん」とした気持ちになりました。

友達は、ここで学位授与式をしたんだって。いいなあ。



今はもうなくなっちゃったらしいけど、寮の建物が近代建築としてはとても有名だったんだそうで、一部が移築されて保存されていました。

その寮、先日たまたま見た『失われた近代建築 2 文化施設編』(藤田照信著 講談社)に載っていました。


せっかくの文化財、残す残さないは本当に難しいけれど。。
やっぱり何らかのかたちで、少しでも「そこにあった」記憶を残してもらいたいと思いますね。