仕事。
今回の地震で、色々思うところがありました。
私の仕事は、全く人間の命に関わりのない仕事です。
もしかすると、ものすごく間接的に(「風が吹けば桶屋が儲かる」くらいの)なら、誰かを救うことがあるかもしれないけど、基本的には人の生死に関わらないもの。それが悪いとか引け目を感じるとかいう訳ではありませんが、
「あ、これが俗に「象牙の塔」と揶揄される所以か」
と妙に客観的に納得したりしました。
連日流れる救助報道。
自衛隊、消防隊、警察、ハイパーレスキュー隊、医療関係者、電力会社の人々、市町村職員。
色んな人の手によって、命が助かっている。
そんな中、否応なく自分の仕事の「意義」を考えさせられました。
言葉や文学の研究。
その成果を論文や原稿にまとめること。
その内容を教壇で教えること。
「何の意味があるの?」
「何の役に立つの?」
この質問は、文学研究学界では、ある意味タブーとされています。
問うてはいけない。なぜか?
明確な答えを、おそらく誰ひとりとして持ち合わせていないから。
「何の役に立つの?」
と問えば、しばしば苛立ちの混じった調子で、
「直接何かの役に立たないといけないのか?実学だけが学問ではない」
と逆質問される。
裏を返せば、質問に質問返ししなければいけないほど、答えはあやふやなのだ。
あえて言うなら、「より良く豊かに生きるため」のもの。
でもそれは、「ただ生きるため」には、1%も役に立たない。
そのことを、重々心に刻んでおかなくては。