旧出雲街道を歩く 二日目(觜崎~三日月)2018/05/21 1/2の続きです。
千本宿に入ります。觜崎宿から二里十五丁です。12:14:09
千本本陣の内海家です。手打ちそばと田舎料理の店をやっています。そばのお客以外は立ち入り禁止です。 12:17:54
本陣門
説明板です。伊能忠敬も泊まったそうです。
国重商店です。 12:40:08
大川稲荷神社の鳥居です。 12:41:03
鳥居の先は行き止まり。一本上の道を行きます。12:51:08
踏切を渡ります。12:53:28
付近の案内図。 13:19:30
渋無栗の説明碑があります。 13:28:30
西栗栖駅です。 13:29:01
本日の廃車 13:49:36
西法寺です。草ぼうぼう。建物はきれいなので無住ではないと思うが。13:54:07
姫新線を潜って県道44号を上ります。 13:54:07
相坂荒神宮です。このあたりから中国・四国地方にかけては多くの荒神社があります。ちなみに最も多いのは岡山県です。13:59:26
お薬師さまです。元は相坂峠の頂上におわしたのですが、中国自動車道の建設に伴い、移転を余儀なくされたそうです。
相坂峠を上っていきます。左に地蔵堂があります。14:12:44
相坂峠です。承久の変で隠岐に流される後鳥羽上皇がこの坂で「立ち帰り越しゆく関と思はばや都に聞きし逢坂の山」と詠んでいます。 14:20:15
相坂峠から下っていき、佐用町に入ります。 14:52:47
三日月のマンホール蓋。山肌に木で描かれた三日月がある三方里山と 星や雲など町の様子を描いたデザイン。 三方里山は、幕末に三日月藩が演武場として造成したところ。
右に入って三日月宿に入ります。北条時頼が諸国回国の途中、この地に三ヶ月滞在したのがその名の由来だそうです。 14:53:21
三日月宿を進んで行くと、左に本陣織田家があります。織田信長の弟の信包が祖だそうです。
盤筒男神社の石段、180段。上を見上げて、上るのを止めました。15:02:45
三日月宿の街並みです。 15:20:27
三日月とうふです。15:22:10
ここから三日月駅に出て帰路につきました。15:48:31
三日目に続く ⇒ 旧出雲街道を歩く 三日目(三日月~美作土居)2018/05/24 1/3




























